第47話
「そうですね……私は他人です」
自嘲気味に笑う猫娘。
「……いや。別に、そういう意味でいったわけじゃ」
二人の世界になりかけていた空間を、蛇女がそうはさせまいと空気を震わせた。
「違う! 先輩を殺したのはこの女! 全部この女が悪いの! 先輩を誑かして、陥れた!」
蛇女は半狂乱になっていた。頭の蛇たちが涎を垂らして猫娘を威嚇する。猫娘はびくんと肩を揺らし、耳をそばだてた。
「おい! そもそも誰なんだよ、お前は!」
カラクリが叫ぶ。
「……先輩、彼女は黒中さんの同僚です。コンビニの……」
答えない蛇女の代わりに、猫娘がカラクリに言った。
「……あぁ、あのいけ好かねぇ女か。蛇女とは傑作だな。お前にピッタリだ」
カラクリは蛇女に、挑発するような笑みを向けた。
「あんたに言われたくないわよ! 知ってるのよ? あんた、ずっとこの女のこと好きだったんでしょ? それなのに告白もしないで、先輩とこの女がどんどん仲良くなっていくのをただ指を咥えて見てるだけ。馬鹿じゃない? あんた、そんなんで男として恥ずかしくないの? 奪ってやろうとかそういう気概はないわけ?」
え、と猫娘はカラクリを見つめていた瞳を大きく開いた。図星を突かれたカラクリの目の色が変わる。
「あぁ!? なんだとこの野郎! お前に言われたくねぇよ、ストーカー女が! そもそもなんでお前がこの船にいるんだっ! この船には事件の関係者しかいない……はず」
そのとき、なにかに気づいたようにカラクリが硬直した。その視線は蛇女を直視したままだ。
「先輩?」
様子の変わったカラクリに、猫娘が声をかける。
「……そうだ。ここにいるのは、全員事件の関係者だ。この女が一連の事件に関わってるとすれば、なんだ?」
「え?」
「犯人がわかっていない事件は、香りをホームから突き飛ばした犯人だけだ。お前が、香りを殺したのか……?」
カラクリの漏らした言葉に、鬼人が目を見張る。
「殺した? ……山梨が神条さんを?」
猫娘が目を逸らすと、蛇女はニィッと笑った。しかし、その不気味な笑みはすぐに消え、蛇女は無表情に猫娘を見下ろし、一歩、また一歩と近づいていく。猫娘が目を逸らすと、蛇女はニィッと笑った。
しかし、その不気味な笑みはすぐに消え、蛇女は無表情に猫娘を見下ろし、一歩、また一歩と近づいていく。
「……どういうことだ、山梨。説明しろ」
鬼人が恐ろしい形相で蛇女を睨み、猫娘を背中に隠した。すると、蛇女の足がピタリと止まる。
「……なんでなの。なんでいつもいつもその女ばっかり……。私はずっと先輩を見てたのに!! 先輩だって分かってるでしょ! そいつ裏切り者じゃん! 先輩は騙されてるの! その女に騙されてるのよ!!」
蛇女は吠えるように泣き喚きながら、拳でどんどんと地面を叩いた。
「……なんだよそれ。俺の罪は俺のものだ。この人は関係ないだろ」
鬼人は蛇女を呆れたように見つめた。
「違う……違う違う違う。全部この女が悪いの……この女が……」
しかし、蛇女はブンブンと首がもげそうな程に振り回し、尚も口の中でブツブツ呟いている。
「お前が殺したのか?」
蛇女の目が光る。その瞳はまるでメデューサのそれのように、見たものを緊張で動けなくした。
「……私はただ、この女を突き飛ばしただけ。この女が勝手に轢かれて死んだのよ」
蛇女は笑う。
「てめぇっ!!」
カラクリは目を血走らせて蛇女に詰め寄った。
「先輩! 止めて!」
慌てて猫娘がカラクリの腰にしがみつく。
「離せっ! 俺の願い知ってるだろ!」
カラクリが暴れる。その手には、透明なガラスの破片が握られていた。猫娘は息を呑む。
「俺はずっとこいつを殺したくて……こんな女、ぶっ殺してやる!」
「ダメです! 先輩落ち着いて」
「なんでだよ……お前はこの女に殺されたんだぞ? 憎くないのか。恨めしくないのか!」
「私は生きてます! 私は誰かを傷つける先輩なんて見たくない!」
「っ……香り……」
カラクリの瞳から、宝石のような粒がほろりと零れる。猫娘はカラクリを抱き締めた。
「ありがとう、先輩……。先輩はいつも優しいから、つい甘えてしまっていました。ごめんなさい」
「香り……違うんだ。俺はお前を守れなくて……」
「ううん。私はいつも先輩に救われてました。守れなかったなんて、そんなこといわないでくださいよ」
しかし、カラクリは首を横に振った。
そして、
「違う……俺は、さっきも……お前が蛇女に襲われているとき、動けなかった……お前が殺されそうになってるのに……アイツのことばかり……黒中のことばかり話すお前が……悔しくて。ごめん……」
「……謝らないで。先輩はなにも悪くない。私が勝手だったんです。ごめんなさい」
猫娘は目を伏せた。
「先輩……助けてくれて、ありがとう」
猫娘は笑った。その笑顔に、カラクリは破顔する。それはずっと、カラクリが聞きたくても聞けなかった言葉。待ち望んでいた言葉だった。
「香り……っ」
猫娘に優しく抱き締められながら、カラクリは泣きじゃくった。しばらくして泣き止むと、カラクリが猫娘から体を離す。
「ありがとう……」
「いえ」
しかしホッとしたのも束の間、蛇女の叫びに猫娘は飛び上がった。
「なによ! 全部この女が元凶じゃない! この女がいなければ、先輩はあんなことにはならなかった。先輩……ずっと私の気持ち知ってたんでしょ? それなのに、どうしてそんな女なんかに引っかかったの。どうして私じゃダメだったの?」
鬼人は昏い気持ちで真っ赤な瞳いっぱいに涙を溜める蛇女を見つめた。いつの間にか、髪の毛の蛇たちまでもが透明な涙を流し始めていた。
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