第29話・★
『回想・ユニコーン』
ユニコーン――高見まさるは、河川敷の橋の下でブルーシートに包まり、まだ肌寒い空気から身を守っていた。
ぼんやりと夕日に煌めく川を眺めていると、なにやら下の方が騒がしい。まさるはおずおずと様子を見に行った。そこには、何人もの少年が寄って集って一人の男をいたぶっていた。
まさるは足が地面に張り付いたように、その場に動けなくなった。
まさるの頭には助けに行くべきか逃げるべきか、その二つの言葉が浮かんでいた。
「どうしよう……」
しかし、どちらの選択もできないまま、まさるは呆気なく少年たちに捕まった。
「なんだよ、くっせぇな! おっさん!」
「おー、おいおい。そこのお前も、なに見てんだよ?」
そこには、まさるの他にもその様子を見ていた人物がいたらしい。そしてその人も捕まってしまったようだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい! 助けてっ……どうか、誰にも言わないから! 君たちのことは誰にも言わないから」
まさるは慌てて土下座をする。
「そんな話信じられると思うか?」
少年たちは笑っていた。
「こいつと一緒に殺しちゃおっか!」
軽い冗談を言うような口調。だが、その目は笑っていなかった。
「お願い、助けてください! 命だけは……!!」
まさるは必死に地面に頭を擦り付ける。
「……じゃあコイツ、お前が殺せよ」
まさるは頭を地面につけたまま、硬直した。
「共犯になれば、信じてやるよ。なぁ?」
「そうだな。どーする? おっさん。ここで俺たちに殺されるか、このなーんも知らないおっさんを殺して生き延びるか」
究極の選択を突き付けられ、まさるは震える。
「そ……そんな……」
声が上擦り、息が止まる。目が回る。それなのに、頭はなぜか回らない。
目の前に転がっているのは、殴られてボロ雑巾のようになったスーツの男。
「ほい」
目の前にナイフが転がってくる。
「……やれよ」
やらなきゃ殺される。もし断ったら、どうなるのだろう。
「……うっ……」
まさるは口を押さえた。
「……無理だ。できない。誰か助けて。誰か…………」
まさるの体は急激に吐き気をもよおし、地面に這いつくばった。
「あーららら。おっさん、自分の匂いで気持ち悪くなっちゃった?」
「つまんねーの……」
少年たちはまさるを見て笑っていた。そのとき、まさるの目の前にあったナイフを誰かの手が掴んだ。
「……おい」
少年たちは眉を寄せてナイフの持ち主を見つめた。
「それ、どうする気だ?」
少年たちが身構える。
まさるは涙でぼやける視界の中、その様子をぼんやりと見た。
「……僕がやればいいんでしょ?」
すっと、まるで天から落ちてくる雫のように透き通った声で、その影は言った。そしてそのまま、その影は手に持ったナイフを、転がっていた男の腹に突き刺した。少年たちがどよめく。
「お前……」
そして、そのどよめきは笑い声に変わった。
「ヤバッ……お前度胸あんな」
「おっさん、この子に先越されちゃったわ。年上のくせにこんなんでいいのー?」
「どうする? コイツ」
少年たちは、今度はまさるを見下ろして話し出した。まさるは怯えた。逃げないと殺される。このままここにいるのはまずい。頭では分かるのに、恐怖で足が動かない。
「いやだ……死にたくない……」
意識が朦朧とする。頭も痛い。視界がさらに悪くなった。うずくまるまさるの頭上では、少年たちが勝手に話を進めている。
「あ、そういえば昨日の電話、上手くいったんだってな?」
「おう。来週金取りに行くことになった。でもなぁ。なーんか、いまいち手応えがないっつーか……」
「は? お前、金持ってくる前にしょっぴかれんなよ?」
「んー……あ、いいこと考えたんだけど」
少年は吐き続けるまさるに近付き、無造作にその頭を鷲掴みにした。
「おっさん。金、貰ってきてよ。そしたら許してあげるからさ」
「……か、金?」
「そう。すぐ近くの豪邸知ってるっしょ? 婆さんひとりで住んでるの。来週金取りに行くだけなんだけどさ、なーんかあっさりしてて怪しいんだよね。だからちょっと、もう一芝居打とうと思って」
こうしてまさるは、詐欺の片棒を担がされることになった。
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