第28話



 ――ピエロの話に、猫娘とカラクリは愕然とした。

「詐欺に気付いていたんですね……」

「ボケたふりをずっとしてたんだ。その方が楽だったから」

「じゃあ、ユニコーンがあなたに近付いたのも?」

 カラクリが問うと、ピエロはこくりと頷いた。

 猫娘は唇を引き結び、カラクリはやるせなく目を伏せた。優しい彼の裏の顔を知ったとき、つや子はどんな思いだったのだろうか。

 そのとき。

 ――カタンッ……。

 小さく軋む音とともに、ドアが開く。全員がゆっくりと開くドアを見た。そこには、涙を流したユニコーンが立っていた。

「ユニコーンさん……」

「おばあちゃん……ゴメン……ぼ、僕……」

 ユニコーンはしゃくりあげながら、ピエロの前に崩れ落ちた。

「最初から、お前が金目当てなことは知ってたよ。それでもなにか理由があることが、その顔を見てすぐに分かった。そのわけが気になって、私はつい引き止めてしまったんだよ」

 泣きじゃくるユニコーンに、ピエロが寄り添うように膝をつき、その背中を優しく撫でた。

「おばあちゃん……そこまで分かってたの?」

 幼い子供のように、ユニコーンはピエロの膝に頭を乗せて涙を流した。

「あなたは話してみたら、すごく優しい子だった。あの子が……遥亮がもし生きていたら、きっとこんな感じだったのかと思って、私もつい懐かしくなっちゃってね。お金はもともとやるつもりで渡したんだ。本当にあなたが困っていたことが分かったから」

 ユニコーンはピエロの膝の上で、何度も何度も謝り続けた。

 しばらくしてユニコーンが泣き止むと、ピエロが、

「落ち着いたかい?」

「……うん。ゴメン、おばあちゃん。服汚しちゃった」

「うん? お腹減っただろう? レストランに行こう」

「…………うん……」

 ユニコーンは不安げに猫娘やカラクリ、ドラゴンを順に見た。挙動不審なユニコーンに、猫娘が訊ねる。

「あの、ユニコーンさん。昨日なにかあったんですか?」

 ギクリとユニコーンが飛び上がる。

「えっ……? ど、どうして?」

 ビクビクと怯えたようにユニコーンは猫娘を見た。

「だって、朝レストランに来ないなんて……。ユニコーンさんはもう話をしたのに、他の人の話を聞かないなんておかしいでしょう? なにかあったなら話してください。私たちはユニコーンさんの敵じゃないんですよ」

 ユニコーンは猫娘を見て目を伏せると、部屋に戻っていく。

「あっ……」

 猫娘はユニコーンの機嫌を損ねてしまったかと思い慌てたが、ユニコーンはすぐに戻ってきた。

 ユニコーンは、口になにかを咥えている。

「これ……」

「手紙か? どうしたんだ? これ」

 猫娘とカラクリは手紙を読む。

『死にたくなければ口を閉ざせ――』

 手紙を見た猫娘は、その宛名を見て固まった。

「汚ねぇ字だな、わざとか? しかも宛名の高見まさるって……ユニコーン、これはお前の名前なのか?」

 カラクリが険しい顔をしてユニコーンに訊ねると、ユニコーンは震えながら頷いた。

「……誰にも言っていないのに。話はしたけど、名前は言っていなかった。あの話で僕のことが分かるのは……おばあちゃんと……ぼ、僕を……殺した……は、犯人だけだ……」

「高見まさるって、黒中凪砂の連続殺人事件の被害者じゃないか、お前」

 カラクリは驚愕の表情でユニコーンと手紙を交互に見る。

 それもそうだ。猫娘といい、この船にはまた死人が乗っていたということになる。


 一方ユニコーンはカラクリの言葉に眉をひそめ、

「……あの、誰なんですか? それ。……ちょくちょく話に聞きますけど、その黒中凪砂って」

「なに言ってるんだ。お前を殺した犯人だろ?」

 カラクリに言われ、ユニコーンは考え込むように目を泳がせながら呟いた。

「あの人……黒中凪砂っていうのか……」

「なんだ。お前、自分を殺した奴の名前を知らなかったのか。まあ、あの男も面識はなかったって自供してたらしいしな」

 カラクリはユニコーンの様子を特に気にすることもなく、手紙をドレスのポケットにしまう。

「とにかくこの手紙が怖いなら、みんなと一緒にいた方がいい。夜も一人が怖かったら、俺の部屋に来ればいいから」

「ユニコーンさん、大丈夫。私が傍にいるから、安心して。ね?」

 ピエロが優しくそう諭すと、ユニコーンは大きな瞳に涙を浮かべ、こくこくと頷いた。

 レストランへ行くと、蛇女は既に部屋に戻ったのか姿は見当たらなかった。鬼人はテーブルに珈琲と果物の皿を置いたまま、こちらを見ている。猫娘と目が合うと、鬼人はさっさとレストランを出ていってしまった。

 カラクリはレストランに残ったのがいつもの顔ぶれだと確認すると、

「ユニコーンにこの手紙を書いたのが本間つや子――ピエロじゃないってことは、ここに黒中凪砂がいるってことだ」

 カラクリの言葉にユニコーンとピエロ、そして猫娘が動きを止める。

「……あの、本当に? ユニコーンさん、本当にあなたの本名を他に知る人はいないんですか?」

「いない……と、思う。ぼ、僕がつや子さんに接触したことを知ってるのは……不良の少年たち、それからつや子さんとア、アイツなんだ。この船には、犯人がいる。犯人も乗船しているんだ。また殺される……ま、また、あのときみたいに――……」

 ユニコーンが悲鳴のような声を上げた。

「落ち着けよ。大丈夫だ。そんなことをしても、なんの得にもならない」

 カラクリがユニコーンを宥める。

「で、でも、全員を皆殺しにして、犯人が願いを叶えたらどうするんだ!」

「そんなことはさせない。少なくともここにいる全員、これからそれぞれ過去を話すんだ。犯人じゃない。参加してないあの二人がもし犯人だとしても、ライオンやドラゴンを殺せるとは思えない」

 猫娘がうんうんと頷く。

「そ、そんなのわからないじゃないか。もしドラゴンが犯人で、嘘をついていたら?」

「大丈夫。ドラゴンは私とずっと一緒だったから、ドラゴンがもしそのつもりなら、とっくに私は殺されてます」

「じゃあ、グルなんだ! お前ら二人揃って……」

「いい加減にしろ!」

 カラクリの怒鳴り声に、ユニコーンはビクリと震えて黙り込んだ。その様子を見たカラクリが、ユニコーンに鋭い視線を向けた。

「……なぁ、ユニコーン。少しいいか」

「な、なんですか」

「お前、まだなにか隠してるだろ?」

 ユニコーンはカラクリの視線から逃げるように俯き、息を呑む。

「そもそも、お前はなんでピエロから金を取ろうとしたんだ? ホームレスだったから、金に困っていたから。本当にそれだけなのか?」

 俯いたまま黙り込むユニコーンを庇うように、ピエロが口を挟んだ。

「カラクリさん。話を無理やり聞き出そうというのは、あんまりよくないんじゃないかな」

「……おばあちゃん……いいんだ。全部話すよ。その代わり……その代わり、アイツから僕を助けて」

「アイツ?」

 ユニコーンはライオンを見る。

「ぼ、僕は……本当は、あの現場にいたんだ。ライオンさんの旦那さんが殺された……あの現場に」

 ライオンが破顔する。

「どっ……どういうことですか!?」

「ライオンさん、落ち着こう。ユニコーンさん、ゆっくり話して。ちゃんと聞くから」

 ピエロがライオンの背中をさすり、優しく声をかけた。

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