第27話・★
『回想・ピエロ』
あるとき、ピエロ――本間つや子が一人で家にいると、息子を名乗る男から電話がかかってきた。
「ああ、お母さん? 俺だけど」
電話の向こうのくぐもった声に、つや子は自分の中の時が巻き戻っていくのを感じた。
「……もしかして、
つや子は震える声で、息子の名を呼ぶ。
「ああ、うん。そうだよ、遥亮。お母さん、急で悪いんだけど、助けてくれないかな?」
「どうかしたのかい?」
電話越しの切羽詰った声に、つや子の胸も跳ねる。
「ちょっと仕事でミスっちゃって、大損害出しちゃったんだよ。このままじゃクビになるんだけど、その損害分を立て替えて頑張れば、許してくれるっていうんだ。頼むよ。お金貸して、一千万」
「……そうか……ずっと頑張ってたんだねぇ、
つや子は、古い受話器を握り込んだ。
「分かった! 俺、今会社から出れないから、上司が取りに行くから! 来週行くな! ありがとう、お母さん!」
電話が切れると、つや子はガックリと肩を落とした。
「本当にこれが……遥亮だったら良かったのにねぇ……」
受話器から漏れ聞こえる無情な機械音に、つや子の瞳がうるんでいく。
つや子の息子、
遥亮がまだ六歳の頃、つや子の運転する車が事故に巻き込まれた。その事故で、一人息子の遥亮は亡くなったのだ。それからは夫婦二人きりだったが、十年前に夫も癌で亡くなった。夫は余生を過ごすには十分過ぎる資産を遺してくれたが、それが返ってつや子を苦しめた。
つや子に寄ってくるのは怪しげな投資話や詐欺紛いの話ばかりで、純粋に一人きりのつや子を心配してくれる者はただの一人もいなかった。
夫が亡くなってからは近所付き合いもしなくなり、近所の人たちからはいつしかボケばあさんだと言われるようになった。
「……いいんだよ、ボケばあさんで。そう思われているのが一番楽だ」
ただひとつ厄介なのは、それをいいことにつや子から金を騙しとろうとする輩が増えたことだ。今の電話のように。
警察に電話してしまおうかとも思った。だが、警察に電話したことがバレたら、せっかくやって来る詐欺師に逃げられてしまう可能性がある。
金を渡す直前に知らせた方が確実だと、つや子は考え直した。
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