第30話



 ユニコーンの話を聞いたライオンは、泣き崩れた。

「ゴメンなさい、ゴメンなさい……」

 ユニコーンは地べたに這いつくばって、ライオンに頭を下げた。

「あ、あのときは、僕も殺されると思って……う、動けなかったんだ……」

「……仕方ないとはいえないけど、でも同じ立場ならユニコーンの行動は分からなくもない」

 再び泣きじゃくったユニコーンを見て、カラクリが言う。

「そんな……酷いわ! どうしてこんなこと! 目の前で人が殺されたのでしょう! 警察に通報するくらい……」

 ライオンが吠える。

「しっ……死にたくなかったんだ! 死にたくなくて……」

 そのとき、ピエロがライオンを諌めるように、

「落ち着いて、ライオンさん。ユニコーンさんはあなたの旦那さんを殺してはいないよ」

 ライオンはピエロの言葉に、グルルと喉を鳴らした。

「そうです……あなた、犯人を見てるのよね! 誰なの? 主人を殺した犯人は誰なの!」

 ユニコーンはブンブンと首を振る。

「わっ……分かりません! 視界が悪くて、た、ただ、あまり大きくは見えなかった。自分は地面に這いつくばっていたけど、そ、それでも、少し小柄に見えた……」

 カラクリが訊ねる。

「男? 女?」

「男だと思う……僕も、その人に殺されたから」

 ライオンが驚く。

「あなたも?」

「おばあちゃんからお金をだまし取ることを失敗して、逃げた後……見つかったら殺されると思って、ず、ずっと逃げ続けた。……けど、け、結局不良少年たちに捕まって……不良たちは、だ、誰かに電話していて、その人はすぐにやってきた。河川敷のときと、お、同じ声だったから、僕も殺されるんだって思った」

 ユニコーンは時折喉をつまらせている。

「そのときも顔を見なかったの?」

「め、目隠しされてたんだ……だから、なにも見えなかった。ど、どこで殺されたのかも」

「小柄の声の高い男か……。それじゃあ女の可能性も充分あるじゃないか」

 カラクリは悔しそうに唸った。

「その男、この中にはいないのよね……?」

 ライオンの疑うような眼差しに、猫娘は背筋が凍った。

「待って……ください。ま、まだ僕、話してないことが……」と、ユニコーンが再び声を上げる。

「まだあるのか?」

 カラクリがため息混じりにユニコーンを見る。

「今朝……僕を殺した人間が、黒……えっと」

「黒中凪砂」

 カラクリは言葉を詰まらせるユニコーンに、被せるように言った。

「そう! その人……どんな人ですか?」

「当時二十歳。身長は百八十センチ、体重は五十八キロの痩せ型。明るい長めの茶髪で、切れ長の瞳。容姿だけでいえば、少し目つきは悪いがまあまあ整った顔の男だ」

 カラクリの言葉に、猫娘はやるせない表情を浮かべた。ドラゴンもしょんぼりと目を伏せている。

 そのとき、静かにカラクリの話を聞いていたユニコーンが「やっぱり……」と呟いた。

「……違います。そんな人、僕はし、知らないし……僕を殺したのはその人じゃない」

 確信を持った表情で言うユニコーンに、猫娘は瞳をうるませる。そのままユニコーンに詰め寄った。

「本当? 本当に? 黒中さんじゃないの?」

 すると、カラクリはさらに眉間に皺を寄せた。

「じゃあ、ユニコーンを殺したのは、一体……」

「僕を殺したのは、子供だった」

「こ……子供?」

 カラクリが素っ頓狂な声を上げる。さすがに猫娘もその答えは予想外だった。

「それは……例の不良少年グループたちってことか?」

「ううん。もっと小さい。まだ小学生くらいの子だと思う」

「小学生!?」

 レストラン内がざわめく。

「嘘……小学生があなたを殺したって言うの?」

「信じられないかもしれないけど……だって、そうなんだ」

「ってことは……ユニコーンにあの脅迫の手紙を書いたのは……黒中凪砂じゃない?」

 心臓がうるさいくらいに騒ぎ出す。猫娘は唇を震わせて、確かめるように何度も呟く。

「やっぱり……やっぱり、黒中さんじゃない。黒中さんは人なんて殺してなかった……!」

「でも、熊野ゆやちゃんの殺害は彼の自供以外にも、証拠がちゃんと揃ってる。仮に高見まさるの殺害はしていなかったとしても、星井ほしい熊野ちゃん、露木雨音ちゃんを殺したのは奴だ」

 高揚していた気分が、カラクリの残酷な一言によって、瞬時に現実に引き戻される。

 猫娘の脳裏に、凪砂を最後に見たあのときの光景が蘇る。赤い血溜まり。雨音の遺体。血に濡れたナイフを持つ凪砂。

 ――そのときだった。

 地響きのような大きな音を立てて、ドラゴンが倒れた。

「ドラゴンッ!」

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