第47話 嵐と影 2

 暴風が割れた窓から吹き込み、悪魔のようなうなり声を上げる。

 鐘塔の中を巡る螺旋階段は、暗く狭い。アルヴィンは石階段を、クリスティーに肩を貸しながら上る。


 大聖堂には、大鐘を吊した塔がある。一時間に一度、市民に時間を知らせるためのものだ。

 クリスティーに請われ、二人はその最上階を目指していた。


「──この嵐は、本当に原初の魔女の力なのか?」


 額に汗を浮かべながら、アルヴィンは問いかける。

 原初の魔女とは千年前に実在し、魔道の頂に君臨したとされる十三人の魔女を指す。

 彼女たちは、姉妹だった。

 そして白き魔女は、その末妹にあたる。

 その姉のひとりが、アルビオに現れて嵐をもたらしてるとは……にわかには信じがたい。


「間違いないわ。五番目の姉、嵐の魔女オラージュの仕業よ」


 クリスティーは、平然と肯定してみせる。


「──なぜ、原初の魔女が現れた?」

「母が不死を達成した時、姉たちとある契約を交わしたわ」

「……契約?」


 急に話が飛んで、アルヴィンは訝しげな表情を浮かべた。その顔に彼女は、落ち着いた眼差しを向ける。


「母の身に危機が訪れた時、守護すること」

「白き魔女はこの街にはいない」

「そうね。でも私はいる」


 まるで謎かけのように、クリスティーは含みを持たせる。 


「もっと簡潔に説明してくれないか?」

「契約は、母の血を引く私にも引き継がれている。こう言ったら分かるかしら?」

「……!」


 驚きの声を上げかけて、アルヴィンはなんとか自制した。


「つまり……君が瀕死の傷を負ったことで、原初の魔女が現れた、と? だとしたら、君が無事だと教えてやれば、彼女は去るんだな?」

「そんな単純な話ではないわ」


 クリスティーは、心底うんざりしたように首を振る。瞳が、深刻な光彩を放った。


「おかしいと思わない? 母を除く原初の魔女たちは、数百年前に死没しているの。それなのに、守護するだなんて」


 表情を硬くしてクリスティーは言葉を継ぐ。 

 

「彼女たちはね、肉体が朽ち、思念体としてこの世に残った存在なのよ。もはや理性があるかすら怪しい。話が通じるような相手じゃないわ」

「……話が通じないのなら、どうなる」

「街を破壊し尽くすまで、止まらないでしょうね」

「それが、守護と言えるのか!?」


 思わずアルヴィンは声を大きくする。

 矛盾だらけの契約である。それでは守護どころか……状況を、より悪化させるだけではないか。


「文句なら母に言ってちょうだい」


 クリスティー自身も苛立ったように、ぴしゃりと言い放つ。

 そこで二人は足を止めた。

 鐘塔の最上階へと達したのだ。


 四隅にある頑丈な柱が、三メートル近い幅を持つ青銅製の大鐘屋根を支えていた。

 ここからなら、アルビオの街を一望することができる。


「──アルヴィン」


 クリスティーは身体を離すと、手近な柱へよりかかった。 

 その瞳には、強い意志の光が戻っている。


「嵐の魔女は、私が何とかする。あなたはキーレイケラスを討ちなさい」

「ひとりで、どうするつもりだ?」

「説得するわ」


 言いながら、クリスティーは自虐的な笑みを浮かべた。


「まあ、無理でしょうけれど。でも、打つ手がないわけではないわ」

「……君はさっきまで、瀕死の重傷を負っていたんだぞ。置いていけるわけがないだろう」

「私を信じなさい。仲間、なのでしょ? それに、気をつけなければならないのは、あなたの方よ」

「僕が?」

「そうよ。キーレイケラスは、枢機卿の命令を意に介していなかった。母との取引に、私は必要ないとも」

「──まだ見せていない、手札があると?」

「決して油断しないことね。……ベラナにも」

「……? ベラナ師がどうしたんだ?」


 アルヴィンが問い返した時、猛烈な突風が襲った。

 立っていることができず、思わず床に手をつく。塔が左右に揺れた。


「時間がないわ! 早く行きなさい!」

「くっ……!」


 これ以上の猶予はなさそうだ。

 クリスティーを信じて、アルヴィンは階段へ向かった。

 迷いは、ある。


 一段降りて、胸が不安でさざめいた。柱によりかかるクリスティーを見やる。

 ダークブロンドの髪を、強風が波打たせていた。その姿は月下美人の花のように儚い。

 声に、力がこもった。


「絶対に死ぬな。君に言いたい文句が、一ダースほど残っているんだ」

「楽しみね。後で、ゆっくり聞かせてもらうわ」


 クリスティーは笑うと、いつものように軽口を返す。


 アルヴィンの姿が見えなくなると、彼女は柱から離れた。

 髪を風に巻き上げさせながら欄干に立つ。

 見下ろした街は、今や猛烈な嵐の支配下にあった。


 横殴りの雨と、暴風が荒れ狂う。

 数条の竜巻が天に伸び、家屋が倒壊する、バリバリという不気味な音が木霊する。  

 クリスティーは暗闇の中を、じっと目を凝らした。

 そして、あるものを認めて見開く。 


 風が渦巻く嵐の中心に──黒い巨人が、見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る