第34話 真実は炎の中 2
周囲は炎、そして目の前には処刑人が立ち塞がる。
冷静に考えれば、絶体絶命の状況である。だがアルヴィンは、不敵な笑みを浮かべた。
「ご丁寧な挨拶痛み入るね。どういうつもりか、説明してもらおうか?」
返答は言葉ではなく、速やかに行動で示された。
急迫すると、処刑人は剣を振ったのだ。アルヴィンに拳銃を抜く暇を与えない。
「くっ!」
後方へ飛び退き、斬撃をかわす。
繰り出される剣戟は熟練のもので、一撃一撃が急所を正確に狙っていることが知れる。避けるだけで精一杯だ。
処刑人は絶対的な優位を確信し、笑った。
所詮相手は学院を卒業したばかりの、見習い風情だ。単調な回避ばかりで、追い込むのは容易い。物足りなさすらある。
その慢心が、僅かな隙を生んだ。
アルヴィンは、大ぶりとなった一撃を見逃さない。刹那、凶刃の間合いの中へと踏み込む。
一つの判断ミスが、致命的な結果となりかねない距離である。死と背中合わせの緊張が走る。
斬撃が迎え撃ち、頸動脈を狙って閃く。数本の髪の毛が宙を舞う。
最小限の動作で回避すると、アルヴィンは渾身の力を込めて処刑人の手首を蹴りつけた。
長剣が飛び、甲高い音をたて床に転がる。
次の一手は、アルヴィンが機先を制した。
即座に相手の腕を掴み、右の肘関節を捻り上げた。手首と肘をテコのように抑えつけられると、処刑人は抗うことができない。まるで赤子を扱うかのように、男は押し倒され、床への接吻を強要される。
教本通りの、鮮やかな手際だった。この場にベラナがいたなら、「悪くはない」と漏らしたかもしれない。
関節をとられ、男は苦悶の声を漏らす。
「動くな! 動けば腕を折る!」
アルヴィンは鋭く警告する。
だが抵抗は、むしろ激しいものとなる。
周囲に火の手が廻り、煙は一段と濃さを増した。事態は切迫している。加減をしている間などない。
──やむを得ない。
意を決すると、アルヴィンは力を込め……処刑人の腕が、取れた。
「はっ……!?」
自分でも驚くほど、間の抜けた声が出た。
腕を折るつもりが……取れた、のだ。
途端に、あれほど激しく動いていた男の動きが、ピタリと止まる。
アルヴィンは取れたそれを、気味悪げに見た。断面からは、一滴の血もこぼれることはない。指先は動いており……思わず、炎の中に投げ捨てる。
「これは……」
アルヴィンは、呆然と見下ろした。
最大限の警戒を払いながら、処刑人を仰向けに寝かせる。そして、顔の上半分を覆う白い仮面を外す。
露わになった素顔は、無機質な、作り物のようだった。そう、マネキン人形、と形容したほうがより近い。
──人、ではない。
「なんなのよ、こいつ」
メアリーも、唯ならぬものを感じ取ったようだ。
驚きを禁じ得ないのは、アルヴィンも同じだ。処刑人とは一体、何者なのか……
だが、深く考察することは、状況が許さない。
処刑人を寝かせたすぐ脇に、燃えさかる梁が落下したのである。もはや一刻の猶予もない。
今すぐに、ここから脱出しなくてはならない。
アルヴィンは外へ……いや、向かわない。足を向けたのは祭壇である。
「手を貸してくれ!」
メアリーの力を借りて、二人がかりで祭壇を押す。その下に現れたのは、地下へと続く、古びた石階段だ。
階段を数段降りて、アルヴィンは耳を澄ました。
地下の奥から、水の流れる音が聞こえる。神は二人を見捨ててはいなかったらしい。
「これは何なのよ!?」
メアリーは背後で、疑念に満ちた表情を浮かべている。
「カタコンベだ!」
「……カタ?」
胡散臭そうに眉をしかめた彼女に、アルヴィンは咳払いをすると言い直す。
「地下墳墓、だ。昔は死者を地下に葬っていたんだ。古い教会や修道院には、必ず出入り口がある」
「それで、その……チカウンモで、どうするつもりなの?」
「奥で下水路と繋がっている可能性が高い。そこから貧民街に逃げる」
それを訊いて、メアリー首を激しく横に振った。
「げ、下水路っ!? 嫌よっ!! そんなのっ」
わなわなと、肩を震えさせる。アルヴィンは、極力落ち着きを払って諭す。
「地上からは逃げられない。処刑人が修道院を包囲している。出たところで、串刺しにされるか、蜂の巣にされるかだ。下水路を使って逃げるしかない」
貧民街に逃げた後は、エレンを頼るつもりだ。彼女が快く手を貸してくれるかは、確信がないが……
火のついた木片を、松明代わりに拾い上げる。アルヴィンは、メアリーに目を向けた。
「ここで焼け死ぬか、下水路に逃げるか、どちらかだ。さあ、選んでくれ」
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