第2話 火の魔女
「── 火の魔女は、我々が半年前から追っている魔女だ」
翌日、アルヴィンはウルバノの案内で街を歩いていた。
ここ、古都アルビオは、大陸で二番目の大きさを誇る都市だ。
街の大通りを、荷馬車がひっきりなしに行き交う。
建物の大半は四階建て以上の建築で、屋根にはオレンジ色の瓦が並ぶ。外壁はいずれも白亜の石造りで、街は宝石に例えられるような美しさがある。
気難しいベラナと違い、ウルバノは気さくな性格だった。
聞けば、年齢は四十代半ばなのだという。
親子ほども年が離れているアルヴィンに、彼は火の魔女の情報を丁寧に教えてくれた。
「一連の
二人は人通りの多い街路を、足早に歩く。
「無論、教会も手をこまねいているわけではない。多数の審問官を投入しているが、ことごとく裏をかかれてな」
審問官が半年経っても駆逐できない魔女を、見習いが一週間で解決しろ、ということか。
老人の
予想はしていたが、ベラナは相当人が悪いようだ。
「奴のやり口は、あえて派手にやって自分の力を
「火の魔女が誰か、おおよその特定はできているんですか?」
「だいたいは、な。だが、疑いだけでは駆逐することはできない。学院で習っただろう?」
「──
学院は、創立者の名前からオルガナとも呼ばれる。
そこは魔女を駆逐するための、審問官の養成学校だ。
アルヴィンはそこで、一字一句まで
審問官の行動は、教会法によって定められた、厳格な規則に縛られている。少しでも
魔女を駆逐するための原則とは、魔女であると自らの意思で告白させること。そして魔法の行使を現認することだ。
その双方が揃わなくては、審問官は魔女を狩ることは許されない。
「教会の上層部は、現場を知らなさすぎるんだ」
ウルバノの言うとおり、それは現場の審問官からは極めて不評だった。
実際、後出しジャンケンを容認するかのような規則であり、攻撃を受けてからでなくては反撃もできない。
「魔女は
ウルバノは顔に、沈痛な色を浮かべる。
「教会法など、お偉方の
ウルバノは肩に羽織ったカズラをチラリとめくって見せた。
左の胸元に、ホルスターに収められた回転式拳銃があった。聖職者が持つにしては不釣り合いな、物々しさを放っている。
銃は、審問官のみに所持が許されている。
彼らが相手にする敵── 魔女の圧倒的な力と渡り合うには、必要不可欠な武器だ。弾丸によっては、大型動物すら仕留めることのできる威力を持つ。
「お前は随分自信家のようだが、規則に
「規則は守りますよ。その上で、駆逐するだけです」
二人は足を止めた。
ようやく目的地に着いたのだ。
最後に事件の起きた現場、シュベールノの広場だ。
そこは、石畳の広い広場だった。
普段であれば市民の
数日前にあった惨劇を思えば、無理からぬことだろう。
広場の名前は、ここにかつて、審問官シュベールノの銅像があったことに由来する。
彼は、生涯に五百人以上の魔女を駆逐したと言われる、暗黒時代を代表する審問官だ。
そして教会法により、審問官の権限を厳格に規制するきっかけを作った人物でもある。
つまり── 彼の裁いた魔女の多くは、えん罪だったのである。
シュベールノは、
魔女として密告のあった者を有罪とするために、手段を選ばなかった。
拷問、証拠のねつ造、尋問記録の
正義を行使することに、いささかのためらいもなかった。
シュベールノにとって
彼は逆に火あぶりにされ、殉教したと伝えられる。
その死後十数年を経て、違法な審問の実態が明るみに出たことで、銅像は撤去された。
そして多数の無実の者を裁いた反省から、審問官の行動には多くの制限が課せられるようになったのである。
今日、審問官に認められている特権は、審問と銃の携帯の二つだけだ。
「一概に、シュベールノが悪だと評価されたわけではないさ。悪辣な魔女と戦うには、彼の時代のような強い権限が必要なことも事実だ」
苦々しげに話すウルバノの声を聞き流しながら、アルヴィンは地面に跪くと石畳に触れた。
「最後の犯行は、何日前です?」
清掃はされていたが、生々しい焼け跡は消えず、手にはざらりとした感覚が残る。
「三日前だ」
ウルバノの声に、アルヴィンは黙って頷く。
しばらくの間現場を観察し、妙な違和感を覚えて首をかしげた。
「ここが現場ですか?」
「……ああ、そうだが。どうかしたか?」
「いえ」
アルヴィンは立ち上がると、祭服についた埃を払った。
「すみません、もう一カ所だけ案内して欲しいところがあるんですが」
「それは構わないが。どこに行くつもりだ?」
「火の魔女の元です」
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