第12話 一筋縄どころか二筋縄

「別段、不思議ではあるまいに。ポケットには色々な物を仕込める」

「そ、それはそうだけれども……で、秘訣っていうのは、刃物でズボンのポケットを切り裂いて、最短距離で拳を出すってことだったんですね」

「ああ。いちいちズボンの破くのは何かと不便だから、最初から割れ目を仕込んでおく手もある。無論、傍目には普通のポケットに見えるようにして。今日はこんな“手品”を披露する予定がなかったので、準備を怠ってしまったよ」

 特に誇る様子もなく、淡々と話すセイエース。だが、話を聞いていたライミはふとあることに気が付いた。

「――おいおい、嘘をつけ。左のポケット、切れてねえぞ」

「えっ。あ、ほんとだ」

 説明をすっかり信じた様子だったジャックスイッチは、首を若干伸ばして確認の上、改めて驚いた。

 セイエースは肩をすくめて、声なき笑いを覗かせる。

「若い彼を丸め込むことはできたが、ライミ刑事には通じず、か。刃物は欺瞞であり、今のも腰を切っただけさ」

「じゃあ、ポケットを切るなんて秘訣は嘘か」

「いや、あるにはある。ただ、ズボンを無駄にしたくなかったまで。支給品は大事にしなくちゃいけない。何せ、首都警察への異動はまだ正規には完了していないのだ。請求しても、簡単には補充してくれまい」

「だったら口だけで説明をすればよかったんじゃないですか」

 ジャックスイッチの素朴な質問第二弾。セイエースは特別誂えの刃物をハンカチにくるみ、仕舞ってから答えた。

「わざわざ演じたのは、少しばかりからかってみたかったんだ、ライミ刑事を」

「からかう?」

 ジャックスイッチが相手の返事の意味するところを理解できず、首を傾げる。代わって、ライミが言った。

「そうか。刃物を俺に突きつけてみたかった、だな」

「ご名答。さすが、私を捕らえた人だけのことはある。錆び付いていないようで安心したし、私自身の誇りも保てるというものだ」

「おまえはジャックスイッチだけでなく、この俺まで試していたんだな」

 油断のならない奴だ、と短く吐き捨て、ライミは手でセイエースを追い払う仕種をした。

「さあ、遊びはこの辺で幕としようじゃないか。俺達は現場を見に来た、仕事でな。そっちはまだ正式には就任していないってことのようだから、離れてくれるかな」

「残念だな。マルティン・ドロウンほどの者が、ただやられただけとは信じられず、何かあるんじゃないかと調べたかったのだが」

「――マルティンを知ってるんだっけ?」

 ふと気に掛かり、尋ねてみたライミ。セイエースは記憶を手繰るように上目遣いをした。

「ええ、面識はないが、噂でね。彼は警察への協力者だったが、情報を得るには裏社会にある程度入り込む必要があったはず。正体を隠し、悪党どもに多少の利益を与えてやる代わりに、大きく奪っていく。そんな風にうまく渡り歩いたのがいたと、話に聞いていた。探偵をやめたあと、復讐されずに済んでいたことも含めて、相当なやり手じゃなければ務まらない」

「そういうことか。離れてくれと言った手前、聞きづらいものがあるが、何らかの目算があって、現場を調べるつもりだったのか。あるのなら、代わりに調べてやる」

「具体的にはない。ただ、むざむざと殺されるとは考えづらい。最低限、どこかに襲撃者についての手掛かりを残したんじゃないか、と想像していただけだ」

「一理ある見方とは思うが、現場はすでに一通り調べたあとだぜ。おまえの言うような手掛かりを見落とすなんてこと、なかなかなさそうだが」

 首を捻るライミに対し、セイエースは唇の端に冷笑を覗かせた。

「どうなんだろうねぇ? 手練れのマルティンを仕留めたということは、犯人もまた手練れだ。殺しの技術のみならず、その後始末に関しても抜け目ないと思われる。そういう強敵を相手に、手掛かりを密かに残すには知恵を絞って、工夫をしたはずだ。刑事達が漫然と調査したくらいじゃ見付からなくてもおかしくはない」

「待て。マルティンを随分と買っているようだが、逆も言えるだろう。マルティンは知恵を絞って手掛かりを残したが、犯人に気付かれ、その手掛かりは破壊されてしまったのかもしれない。捜査員が見付けられないのも当然だ、手掛かりなんて残されてないのだから」

「ふん、どうやら発見時の詳細を知らずに、ここへ来たようだが? 通り掛かった馬車の馭者が遺体の第一発見者になったんだが、その直前の気配から、犯人は接近してくる馬車に気付いて急いで立ち去ったと見るのが妥当らしい。急いで立ち去ったのなら、マルティンの手掛かりに気付かずにいても不思議じゃない。むしろ気付かなかった可能性の方が高い、だろう?」

「う……一本取られたようだな、こりゃ。仕方がない、そのつもりで探してみるか」

 ライミは見張りの警官に声を掛けてから、ジャックスイッチと共に規制内に入った。そのすぐ外で、セイエースが腕組みをして見守る形である。

「おまえさんに経験を積ませるためでもあるんだからな、ジャックスイッチ。びくびくせずに見て、観察しろ。慣れるだけでもいい」

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