第13話 手掛かりは血餅の底

「はあ。死体がないだけでだいぶ違いますから、多分、平気かと。それより、足跡が付いちゃいますけど、いいんですかね」

「すでに記録は取ってあるから大丈夫だが、念のため、注意しながら進むんだ。セイエースが言ったからではないが、見落としがないとは限らん」

「分かりました……」

 身体を前屈みに折り、石畳の道やその脇の土の出ている領域に目を凝らすジャックスイッチ。そして新たな発見がないと納得してから、一歩、二歩とそのままの姿勢で進んでいく。まるで餌をついばむダチョウだ。

「何も……ありませんねー。所々に血の染みが残っている程度で」

「軽くてでいいから土を払うとか、雑草をかき分けるとかもするんだぞ」

「はい、やっています。ですがどのような物を探せばいいのか分からないままでは、雲を掴むみたいで」

 そんな二人のやり取りが聞こえたらしく、セイエースの声が飛ぶ。

「私が想定しているのは、犯人の属性を示す情報を残すか、または犯人の身に付けていた物をわずかでも奪い取る、ないしは犯人に怪我を負わせるといったところかな。衣服の一部を破り取ったのなら、さすがに初期の捜査で発見しているだろうから、残されるとしたら、犯人についての情報が有力だと考える」

「情報って、文字ですか、絵ですか?」

「何でもありだ。文字、絵、記号。直接的な表現ではなく、想像を必要とする内容かもしれない。犯人に気付かれないよう、極めて小さな物であるか、あるいは反対に大きすぎて分かりにくい物ということも考えられる」

 ジャックスイッチが「分かりました」と素直に返事して、捜索を続行する。彼から離れた位置を見て回るライミは、「今や名探偵気取りだな」とセイエースに向けて、軽く嫌味を放った。

「ふふん、マルティン・ドロウンの霊が乗り移ったのかもしれないな」

「言っておくがマルティンは、物語に出て来るような名探偵って柄じゃなかったぞ。正義感は強いが、ずる賢い一面もあってだな。だからこそ商売で成功したとも言えるのかもしれんが」

「――おっと、若手刑事が何か発見したようだが」

 セイエースの不意の指摘に、ライミは面を起こしてジャックスイッチの方を振り返った。当のジャックスイッチは相変わらず“ダチョウのポーズ”だが、先ほどまでと違うのは、地面の一箇所に向けて、指差し確認のような仕種を繰り返していること。何かを数えている、あるいは、形をなぞろうとしている風にも見える。

「どうかしたか? 何かあったのなら知らせろよ」

「え? えっと、何かあったというほどかどうか分からないんですが、ここ」

 やっと上体を起こして答えた。その場を動こうとしないのは、見付けた物がかなり小さくて、一度離れると見失う恐れがあるせいか。ライミは自分の方から近付いていった。

「どこだ」

「ここです、ここ。血の痕跡がまだ多くあって、あんまり気持ちのいい感じはしないんですけど、我慢して見て行ったら、変な形が視界に入ったもので、何だか妙に気になるなあって」

 舌足らずな言い方で、要領を得ない。唯一、ジャックスイッチの言う血の痕跡がどれを示しているのかだけは、容易に認識できた。ライミから見て右斜め前、一メートル足らずの地面。大量の血が染み込んだ様子が充分に見て取れる。いびつな楕円形の尻が破裂したような跡形だ。

 ライミは、規制線を越えない範囲で可能な限り近付いたセイエースを意識しつつ、部下に改めて問う。

「その変な形とやらは血の跡の外なのか、それとも中にあるのか」

「中です。目印に、小石を置いておきます。そこからだとまだ見えにくいかもしれないですから、場所、代わりますね」

 ジャックスイッチは地面の一点に小石を置いた。先ほど、セイエースとの“勝負”に用いた小石かどうかは、定かでない。

 どれどれと口の中で呟き、ライミは最前までジャックスイッチの立っていた位置に移った。小石を目印に、変な形を探す。じきに分かった。

「これか」

 地面に小さな穴がいくつも空いていた。本当に小さくて、マッチ棒すら入りそうにない。深さがどれくらいあるのか分からないが、血が染み込んで今でもぐちゅぐちゅと緩いのが見た目から想像できた。

「よく見付けた」

「多分、運がよかったんです。被害者が殺されて間がない内に現場を見たら、こんな小さな穴、血の海の底だから見付けようがなかったでしょう」

「謙虚だな。まあ、確かに血が退いてくれたから見付けられたと言えるが」

 とにかく、その無数の穴を視線で結んでみるライミ。当初は一つの形と思い込んで結ぼうとしたが、途中でこれは二つ以上あるようだと察する。やがて、矢印に丸をくっつけた形、丸に十字を付けた形がそれぞれ読み取れた。

「この形は……あれに似ているな、生物の雄雌を表す記号に」

「あ、ライミさんもやっぱりそう感じます?」

 嬉しそうなジャックスイッチの声。肩越しに見やると、顔の方も頬をほころばせて、嬉しさに溢れている。

「いやあ、よかった。僕も同じように感じてたんですけど、先入観を与えてしまってはいけないと思い、黙ってたんです。同意見で、ほっとしました」

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