第11話 秘訣

 だが、その勢いは簡単に止められた。

 セイエースの左手は、音もなくポケットから彼の顔の前に来ていた。ジャックスイッチの右手首を掴み、ほんの少し外向きに捻る動作を加える。

「う、わととととっ」

 重心をずらされたジャックスイッチは、右方向へとよろめき、けんけんをしてどうにか踏ん張った。

「は、速い、ですね」

「ジャックスイッチ刑事、君もなかなかのものだ。しかし、ことを起こす直前の筋肉の動きで丸分かりだった。あれでは対処は容易い」

「そうですか、なるほど。隠したつもりだったのに、やっぱり剣とは勝手が違うなぁ。――お?」

 ジャックスイッチは、セイエースにハンカチと石を頭に押し付けられた。

「攻守交代」

「そうでした。うん、確かにこれは知らない人に見られたら、恥ずかしい。早くやりましょう」

 ハンカチと小石を、頭の上にうまく載るよう調節してからジャックスイッチは言った。

「おまえがやると、何故か一層、子供っぽく見えるな」

 ライミの評価に「いいから早く」と急かす。

「数え始める前に宣言しておこう。さっきの君に合わせて、私も開始一秒で動くことにする」

「え。本気で言ってます?」

「二言はない」

「ジャックスイッチ、簡単に信じるな」

 セイエースの返事に被せるように、ライミは注意喚起する。

「規則で新たに定めた訳ではない。口約束だ。だから破っても反則負けにはならないんだぞ」

「そ、そうか。セイエース刑事、新たに決めてもらえますか、一秒で抜拳すると」

「やれやれ。勝負の厳しさ、ずるさを教えてあげようと思っていたのだが、さすがはライミ刑事。年の功だ。よかろう。一秒の内に手を出す。それを破った場合、私の反則負けでかまわない」

 こうして新たな規則の下、攻守を入れ替えての勝負が始まる。

「では第二戦、行くぞ――いち」

 セイエースが動いた、と思ったときにはジャックスイッチの頭にあったハンカチはすっと引き抜かれ、あとには小石がちょこんと残っていた。

「ええ? ポケットの様子をずっと見ていたのに」

 驚きと動揺とで、小石を落とすジャックスイッチ。驚いたのはライミも、そしてちらちらと様子を窺っていた見張りの制服警官も、「おお」と小声ながら驚愕を表していた。

「動く気配は布のしわの寄り具合で感じ取れたんですけど……そのあとの抜く動作が、予想を遙かに超えて滅茶苦茶速かったです」

「俺も見えなかった」

 ライミは部下に同意するとともに、セイエースの顔や目をじっと見つめる。秘訣があるのなら教えてやれよと無言で促したつもりだったのだが、あいにく通じない。もしくは、セイエースは察していながら敢えて知らぬふりを決め込んだか。

「なあ、セイエース刑事。俺はともかく、ジャックスイッチとは近い内に仲間として行動するんだから、こいつのためにも秘訣があれば教えてやってくれないか。秘訣なんてない、練習あるのみだというのであれば、その特訓方法でもいい」

「秘訣はある。その一方で、練習の積み重ねが必要なこともある」

「中途半端な哲学みたいな問答はよしてくれ。何が言いたいんだ? 秘訣を身に付けるには練習が必要ってか?」

「本来なら秘訣は秘してこそ花だが、ライミ刑事が私を完全には信用してくれていないようだから、特別に話しているのだよ。やり方は二つあるのだ」

「ええ? 二つもあるとは思えない。というか、今やったのはそのどちらか一つしか使っていませんよね?」

 ジャックスイッチが素朴かつ当然の質問をした。

「その通り。いわゆる腰を切る動作を、相手に分からぬくらい微少な動作で行う。それだけだ。大げさにやるとこんな具合に」

 セイエースはハンカチを戻すついでのように、左手だけをポケットに入れた。そして腰、や左足を少し、後ろに退く。するとポケットからは彼の左拳が出ていた。

「左手は動かしていない。周りのポケット、ズボンの布地を動かしてやる具合だ。それなりに時間を掛けて練習しないと、習得は難しい」

「ははあ。連続殺人鬼対策には間に合わないかな……」

「抜拳が殺人鬼対策になるかどうか不確定だと思うが、どうしてもやりたいのなら、もう一つの秘策を授ける」

「二つ目の方法ですね。そっちの方は簡単に身に付くということですか」

「簡単と言えば簡単」

 セイエースはまたまた左手をポケットに入れた。それからライミの方をちらと一瞥し……にやりとしたようだった。そうライミ当人が感じたときには、セイエースの左手はライミの目の前に来ていた。距離が近くて、焦点が合わない。

「――どうやった?」

「おや? 答は目の前にある。一歩か二歩下がれば、はっきり見えるはず」

 何故かつまらなさそうな物腰で、セイエース。彼の言葉に従い、二歩後退したら意味は答を理解した。同時に、ジャックスイッチがセイエースの左手を指差しながら、口を開く。

「い、いつの間に刃物なんか持ってたんです?」

 セイエースの左手の人差し指と中指の間には、銀色に光る薄いが斬れ味よさげな刃が収まっていた。

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