第10話 腕前を試す

「それは言い過ぎですよ、ライミさーん。擦り傷切り傷程度なら大丈夫、平気です」

「いささか心許ないことを聞いた。試すつもりなんてまったくなかったのだが、気が変わった。ライミ刑事の許可が得られるのであれば、試したくなった」

 不意に冷たい口調に戻り、ライミとジャックスイッチを公平に見据えるセイエース。

「ど、どういうことですか」

「ジャックスイッチ刑事。君とは組むことになるはずだが、今聞いたような性質ではいざというときに危なっかしい。助けてもらおうとは思ってないが、物事に絶対はないからね」

「ええーっ。でも、意味もなく流血や死体を見せられるのは勘弁……」

「安心したまえ。試すと言っても、あくまでも技倆だ。度胸、精神力はあとからいくらでも私が鍛えてあげよう。――話が前後したが、ライミ刑事、許可をもらえるかな」

「かまわんよ。拒んだって、どうせいつかやるだろ。だったらさっさと、目の前でやってくれ」

 上司の言い種に、ジャックスイッチは二度続けて「ええーっ」と声を上げた。

「その言い方だと、試すのって、道場とかじゃないんですか。今すぐこの場でって雰囲気、ありありなんですけど」

「そうだよ。今すぐこの場での妄想を膨らませていたおまえが、文句を垂れるとかおかしくないか」

「うう、そう言われると一言も返せません……」

「不安がる必要はない」

 セイエースはズボンのサイドポケットに左右それぞれ手を入れた。若干、尊大な態度に映る。

「ライミ刑事が見るところ、ジャックスイッチ刑事が犯罪者と面と向かってやり合うことになったとして、彼は何が得意なんだ?」

「自他共に認めているのは、剣になるな。他に棒術もいける」

「結構。具合がいいことに、彼も私も支給品の同型のズボンを穿いている。身長差も私の方がやや高い程度で、大差はない。抜刀術ならぬ抜拳術を試すのにうってつけだ」

「何ですかそれ。初耳です」

 興味津々を絵に描いたように、身を乗り出す。セイエースは半歩ほどすっと退いた。まだよく知らない人物に、一定の範囲内に入って来られるのが嫌なようだ。

「鞘に収めた刀を抜く速さを争うのが抜刀術の技競べだとすれば、抜拳術はポケットに収めた拳を抜く速さで競う」

「何となく、頭に思い描くことはできました。面白そう」

「実際に犯罪者を警戒している状況下で、我々警察がのんきに両手をポケットに突っ込んでいるなんてあり得ない。だからこれは突発的な争い、喧嘩に即した技術と言える。あるいは、相手を油断させるためにポケットに両手を入れる場合もあるだろう。むしろこの後者の方が多いかもしれない」

 セイエースが説明をしつつ、片方のポケットから手をゆっくりと出す。綺麗に折り畳んだ黒いハンカチが握られていた。それを広げ、自らの頭に載せる。ちっともおどけた風に見えないのは、セイエースの“人柄”か、もしくは発する緊迫感故か。

「これは勝負だ」

 ハンカチを一度手に戻してから、セイエースが言う。

「これから私も君も両手をポケットに収めて、相対する。距離は手が相手の頭に届く、今ぐらいでよかろう。それから審判役のライミ刑事は三十秒を声に出して数え上げる。数えている間ならいつでもいい、君は拳を抜いて、私の頭の上のハンカチを奪う。私は君の腕を掴むことで、食い止める。もちろん君が動く前に私は動いてはいけないし、この試しの性質上、私は頭の高さを変えてはいけない。たとえばいきなりしゃがんで、君の手をよけるのは反則になる。そしてもう一つ。暴力を振るう、つまり相手の肉体を攻撃するのも即座に反則負けだ」

「焦って手を伸ばした結果、偶然、顔に当たってしまった場合はどうなるんでしょう?」

「不可抗力なら仕方がない。不可抗力かどうかの判定は、ライミ刑事に一任しよう。まあ、そもそも顔に当てそうになった時点で、簡単に捕捉するが」

「分かりました。あと、どうせなら立場を換えて、僕の頭のハンカチを、あなたが取るというのもやってみませんか」

「望むところだ。ではやろう」

 再び頭にハンカチを載せようとするセイエースだったが、ライミが話し掛けたことで動きを止める。

「俺からも質問がある」

「何なりと」

「風が吹いてハンカチが飛んだらどうするんだ。地震や雷の心配まではしないが、強い風なら充分にあり得るだろう」

「ふむ。やり直すのも面倒だな。では少々不格好だが」

 下を見たセイエース。地面の小石を一つ拾って、ハンカチを飛ばされぬよう、重しとした。

「これでいい。あまり往来でさらしたい姿ではないので、さっさと始めよう」

「美男子が妙な格好をしているところなんて滅多に見られないから、俺はもっと見物していたいくらいだが、しょうがない。両者、構えて」

 ジャックスイッチとセイエース、双方、拳をポケットに仕舞い、至近距離で向かい合う。ハンカチの角が、風に微かにはためいた。

「では行くぞ。――いち」

 最初の一秒を言い終わらぬ内に、ジャックスイッチが動いた。利き腕の右をポケットから素早く出し、黒色のハンカチへ一直線。

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