第9話 美形の前歴
ジャックスイッチが言った。どういう表情をしていいのか分からず、困ったように眉根を寄せている。内心では、ライミも同じ心持ちであった。
ライミはわざと大きな足音を立てた。ついでに咳払いを一つ二つやる。と、警官に話し掛けていた男はライミ達の方を向いた。
丸眼鏡のレンズ越しに、緑色の虹彩が二人を射貫く。警官へ質問するときの興味津々な態度が一変し、斜に構えた雰囲気を瞬時にまとっていた。
相手のそんな目線の圧に屈せず、ライミがずんずん近付いていくと、眼鏡の男はにか、と作り笑いを顔面に貼り付け、「これはこれは」と両腕を広げた。台詞だけだとおどけたように思えるが、口ぶりの方は冷たさが遙かに優っている。
「ラフ・ライミ刑事、お久しぶり」
「そうでもないぞ。年末の集まりで顔を合わせたろう」
「過去は忘れる質だ」
丸眼鏡を右手中指の腹でくい、と押し上げて、笑みを引っ込める男。名前をロック・セイエースと言い、刑事の職に就いてまだ一年半ほどだが、警察内で彼の存在を知らぬ者はほとんどいないと言えよう。
何故なら、ロック・セイエースの前身は、殺し屋だったから。犯罪組織に家族を人質に取られ、やむを得ず始めた殺し稼業だったが、性に合っていたのか、時に頭を使い、時に力業で警察を出し抜くのがある種、快感になっていた――と、逮捕の後にセイエースは述懐している。
そんなセイエースの殺し成功“快進撃”を止めたのが、ラフ・ライミやキングラーが中心となった捜査班だった。人質に取られていたセイエースの家族も、一人を除いて生還し、一応のところ、セイエースも警察には感謝の意を表してはいる。殺しに手を染めたのには不可抗力な側面が多少合ったと認定され、相場に比べて大幅に軽い刑罰で済み、しかも模範囚として早くに出所できたセイエースは、厳しい試験を優秀な成績でくぐり抜け、適性診断にも合格し、警察官になった。以来、順調に出世……とは言い難く、一部の同僚らとの間で揉め事を起こしつつも仕事をこなし、実績を積んで刑事になっていた。現在は国の北部のマーズトリアという中規模都市が任地のはずだが。
「なかなか面白い冗談だな。さて、こんなところに単身で現れるとは、何があった?」
問い質すライミ。セイエースの能力を認める一方で、完全に信頼を寄せてはいない。少なくとも二人一組で行動するのが捜査中の刑事の原則だが、今目の前にいるセイエースは一人だ。ライミが理由を気にするのも無理はない。
「特別な職務でないとすれば、休みを利して殺人現場見学かな」
「当たらずとも遠からず。公には発表されていなくても、極秘事項という訳でもないので、話すとするか。それに――」
セイエースの目がジャックスイッチを見やる。何でも見通そうとするかのような視線に、ジャックスイッチは大げさに肩をそびえさせた。
「僕に何か?」
「いや、君ももしかすると声が掛かっているんじゃないかと思えたので。首都を賑わせている連続殺人犯に対処する目的で、美形の刑事ばかり集めて捜査班だか捜査隊だかを新たに組織するという話が持ち上がっており、その一人に私が選ばれた」
「えっ」
「今日、ここに足を運んだのは、次なる職務に備えての自主的な行いだ。もちろん、異動の命令が出ており、この街で暮らすことになる」
「そうだったのか。心強いっちゃあ心強い」
複雑な心境ながら、表情を明るくしたライミ。
「特別捜査について、何も驚いていないようだが、どうやら知っているね?」
「ああ。ご推察通り、こいつ――ジャックスイッチ刑事はその特別捜査員になる。仲よくやってくれ。俺は残念ながら落選だ」
「でしょうね」
至極当然とばかりに素っ気なく言ってから、セイエースはジャックスイッチに握手を求めてきた。
「……」
その手のひらを見つめるジャックスイッチ。じーっと、擬音が聞こえて来そうなほど。
「ライミ刑事。あなたと組んでいる部下は、手相見の才能があって、私の何かを見抜こうとしているのか?」
さしものセイエースもちょっぴり困惑した体で、ライミに尋ねた。対するライミが答える前に、ジャックスイッチが目を戻し、そして言った。
「いえ、占いは嫌いです。これをはっきり言うともてなくなるかもしれないので、女の子の前では言わないようにはしてるんですけどね」
「ならばどうして手を見つめた?」
「妄想が膨らんだもので」
本心からの答なのかどうか、にこにこしながらジャックスイッチ。
「妄想、とは?」
「特別捜査班に選ばれるからには、この人も見た目だけじゃなく、強いんだろうな。もし仮に握手に合わせて僕が仕掛けたら、どうなるんだろう? どう攻撃してくるんだろう? あ、でもこの人は殺し屋をやっていたくらいだから、逆に、僕がのんきに握手に応じたら、あっという間に捻るつもりでいるかもしれないな。そういえばこの人の得意は何だろう? 握手を求めてくるくらいだから打撃系ではなく、
「ふう……やれやれだね、ライミ刑事。これは扱うのに疲れそうだ」
“これ”の台詞に合わせて、ちょいと指差す動作を見せるセイエース。ライミは微苦笑を浮かべた。
「そうでもないぞ。こいつは口ではこう言っているが、血だの死体だのが大の苦手だから、実際に仕掛ける勇気は出せないんじゃないかな。出せたとしても、ちょっと血が出たらやめるかも」
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