第8話 先客もやはり二枚目

 ちょうど捜査員が出払っており、広い会議室にはライミ達三名だけだった。

 第八の事件の初動を受け持ったのは、ウォルフガング・キングラー刑事で、ラフ・ライミとは顔馴染みである。元は物的証拠を分析する係官だったが、巨漢かつ腕っ節が強く、思うところあって刑事に転身した。今や古株に数えられるほど年数が経っているが、分析の知識も日々仕入れて学んでいるという。

 このキングラーもすでに連続殺人事件の捜査に加わっており、今回の件の一報が入った当初から、関連ありと睨んでの出動とのことだった。

「来てくれたか。いよいよ大ごとになりそうだぞ」

 巨体を揺すり、興奮、いや憤慨気味にキングラーが言う。ごつごつした岩のような顔立ちが、苦虫を噛み潰したように歪んでいる。

 ライミは対照的に肩をすくめた。

「俺はとうの昔に大ごとになっていると思っていたがね。六人も七人も犠牲者を出しながら、一向に犯人を見付けられない。我々は世間から役立たずだと思われているだろうな」

「なら、もっと大ごとになるかもしれない。八番目の犠牲になったのは、マルティン・ドロウンなんだよ」

「……以前、協力してくれていた情報屋の?」

「探偵、な。マルティン・ドロウンは今でこそ商売替えして関係が切れていたものの、仲間だったし、知っての通り、男前だったから、気を付けるよう情報を渡していたんだ。そんな彼でも、やられてしまった」

「人並み以上に警戒してたと分かっているのか」

「小弓銃を携帯していた。犯人が男である可能性が高いことも伝えてあった」

「小弓銃を持っていながら、殺されてしまったんですか?」

 目を大きく見開いて、ジャックスイッチが口を挟んだ。キングラーは巨体にふさわしい大きな顔を若い刑事に向けた。

「そうだ。現場の状況から、三発撃って三発とも外れたと思われる。足跡から推測すると、犯人との距離は充分に射程内になったようなんだが、それでも当たらないっていうことは相当な身のこなしの持ち主だ、犯人の奴。確か君は剣の腕に自信を持っているんだったよな。過信していると、危ないかもしれないぞ」

「過信も油断もしないように留意してるつもりです。それよりも、犯人は足跡を残していた? 初めてじゃないですか!」

 重要な証拠になると興奮しているのがよく分かるジャックスイッチ。気持ちはライミも同じだった。が、キングラーはその大きな顔を横に振った。

「足跡と言っても、石畳道の縁を多少踏み外した程度の物が数個のみ。しかも靴底の痕跡は、ぐりぐりと地面を踏みしめたせいで、模様が判然としない」

「そうですか、残念。でも、証拠には違いありませんよね。何か分かることはあるんじゃないですか」

「まあ、靴の大きさは推測できるからな。男である可能性がより強まった。しかも、平均よりは足が長い。歩幅から想定されるんだ。だから身長も平均よりは上だろうと推測できる」

「具体的な数値は」

 ライミが鋭く聞く。

「まだそこまでは分析できていない。部分的な足跡だからな、難しいんだ。分析が終わっても、数値が言えるほどかどうかは分からん」

「なるほど、そういうものか。――聞く順番が逆になったが、肝心なことを忘れるところだった。身体の一部を持ち去られてはいなかったか?」

「不幸中の幸いと言っていいのか、ちゃんと揃っていたよ」

「そうか。検屍は当然まだ済んじゃいないだろうから、他に現時点で……」

「いや、他には何もないな。警戒していたのに殺されたのは、その直前によほどの出来事があったかもしれないという見込みで、襲われる前の日のマルティンの行動を詳しく調べている。かつての協力者がやられたってことで、みんな気合いが入っているようだ」

「俺達は何をすればいいんだろう? 全員が同じ事をやっても無駄かもしれないが、マルティンの前日の行動を洗うか?」

「主任は、続けて検屍報告を聞いておいてくれと言っていたが、まだ早いよな。現場を見に行って、ようく観察するというのはどうだ? 君の観察眼を俺は買っているんだ」

「確かにひと目、見ておきたい。常に冴え渡っている訳じゃないから期待に応えるられるか分からんが、努力するよ。ジャックスイッチ坊やにもうってつけの役割かもしれんしな」

「僕は、頭脳労働よりは身体を動かす方が向いているつもりですが」

 ジャックスイッチが正直な心情を吐露すると、ライミは腕を伸ばして部下の頭をくしゃくしゃとやった。

「ライミ先輩?」

「別に期待しちゃいない。経験を積むのが一等大事だって言いたいんだよ。その上で、若い頭で何か見付けてくれりゃ御の字だ」


 ライミとジャックスイッチが警察用自転車でマルティン・ドロウン殺害現場に向かい、降り立ったのは昼を大きく回っていた。

 まだ事件が発覚してから三日と経っていない。現場の状態を可能な限り保管すべく、見張りの制服警官が一人、立っている。そのそば、道端の一角には細い縄による仕切りが設けられ、おいそれとは踏み入れにくい雰囲気を作っていた。

「……どうやら先客がいるぞ」

 自転車を適当な位置に駐め、近付いていく途中でライミが言った。視界には、見張りの警官にしきりに話し掛けている一人の男。尖り気味の顎と耳のせいか、どことなく冷たい印象を醸し出す、しかし美形である。ライミ達に気付くかぬ様子で、質問をぶつけているようだが、制服警官は本当に見張りだけするように言われているのだろう、何も知らないと首を横に振る仕種を重ねていた。

「あの男、いやあの人なら、僕も知っています」

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