第7話 新たな被害者の正体

 分かってくれていないのかと、ハクリはじれったげに主張を繰り返した。対するジョウカはいや理解しているとばかりに、大きな仕種で頷き、それから新たな情報を口にした。

「まだ警察の中でも上の方にしか伝わっていない情報なんだが、ボクケイに特別捜査班の打診をしたことだし、弟の君も聞いてしまったから話してもかまわないだろう。新たな犠牲者が出たことは知っているかな?」

「連続殺人鬼にやられたと思われる七人目の死者が発見されたとは聞いています」

 兄弟が口を揃えて答えるが、二人の師匠はまたも首を水平方向に振る。

「そのあとだよ。八人目の犠牲者が出た。亡くなった彼は元探偵で、警察への協力者でもあった。そして短期間ではあったが、私の指導で武術を身に付けていたんだよ」

「え」

「なのに、殺されてしまった」

「そ、それは不意を突かれたせいなんじゃありませんか。元探偵と表現するからには、すでに警察の協力者という立場を離れてたんだろうし」

 泡を食ったようにどもりながら聞き返したのはハクリ。ボクケイはというと、口をつぐんでいる。意外な真相をいきなり知らされ、どう咀嚼していいのか戸惑っている感じだ。

「さあて、どうだろうね。亡くなった彼――マルティン・ドロウンが商売で成功し、危険な仕事からは離れていたのは事実その通りだが、連続殺人の件では警戒していたはずなんだ。今回の連続殺人は美男子ばかり狙われているとして世間に知れ渡っているから、軟派ななりで男前のドロウンも身を守る必要を感じて、警察の知り合いを頼って情報をもらっていたんだよ。そんな彼がやられるくらいだ、犯人はかなりできる奴か、不意打ちが得意な奴か、あるいは今言われている単独犯説と違って、敵は複数人いるのか。いずれにせよ、簡単な相手ではないことは分かるであろう、ハクリ?」

「はい……」

 素直に肯定したのは、ハクリがかつて修練で、複数人を相手にしたときの対処がまるでなっておらず、こてんこてんにやられたという苦い経験をしていたのが大きい。

「考え違いをしていました。前言の過ぎたる物言い、撤回いたします」

 拳に手のひらを重ねて、謝罪の一礼をするハクリに、ジョウカは「気にすることはない」と笑い声まじりに応じた。

「名乗りを上げた心意気はよし。そもそも、ボクケイらの特別捜査で犯人を首尾よく捕らえられるとも限らん。そうなったら遠くない将来、増員の目もあるかもしれん。ハクリは鍛錬に励んで、腕を上げておけばいいさ」

「はい、心胆に銘じて励みます」

 そう誓うなり、ハクリは兄ボクケイの胴着の袖をつまんだ。

「てことで兄さん、相手してくれない? 先生は負傷されているから」

「うーん、悪いな、ハクリ。このあと予定が詰まっているんだ」

「えー? 明日まで非番なんじゃあ?」

「とある方から招待を受けた。我が署の署長と深い縁のある家のお嬢さんで、署長の顔を立てる意味でも行かなければならないんだ。堅苦しくない宴らしいから、途中で抜け出てくるのは容易いと思うが、確約は無理だ」

 そこまで話して、汗を拭くボクケイ。そしてふと思い付いたように、言葉を足した。

「それに、女性と意気投合する場合がないとは言い切れないからな」


             *          *


 新たな殺しが起きたとの報が入ったのは、ライミが一人で医者の元を訪ねていたときのことだった。署に隣接する病院内、検屍専門の病棟に出向き、七人目の犠牲者、トマソン・グレコに関する検死結果を詳しく聞いている最中であった。

「発生の間隔が縮まってきているようだな」

 ライミは本来の予定を切り上げ、検屍報告をまとめた書類の写しを受け取ると、報せを持って来たジャックスイッチを伴って、第八の事件の初動捜査を担当した部署に顔を出すことにした。

「その分、犯人が失敗をやらかす可能性も大きくなると思いたいものだ。……顔色が優れないようだが?」

 部下の無反応に気が付いたライミは、相手を指差しながら言う。ジャックスイッチは鼻を摘まみながら、まさしく鼻声で答えた。

「解剖とか検屍って、独特の臭いが……苦手で……」

「見た目がよくても、そんなことでは使い物にならんじゃないか」

 呆れつつも視線を外し、先を急ぐライミ。ジャックスイッチは「捜査では役に立ってみせます。死体を視る以外」とあまり説得力のない反論をする。

「じゃあ、予定されている特別捜査隊に加わって、犯人とやり合うことになったとしよう。いざそんな場面になって、おまえさんは得意の剣術で本当に相手を斬れるのか? 血が出るのこわーいとか言ってんじゃないだろうな?」

「それは大丈夫だと思います、としか言えません。まだ斬ったことがないので」

「そういう理屈の話かな? 血が怖いかどうかを聞いてるんだ」

「怖いことは怖いですよ。流さずに済むのなら、それに越したことはないです」

「うーん、何でこう話が通じないんだろうな? じゃあ……ジャックスイッチ、君は釣りはするか?」

 建物の玄関に着いてしまった。急ぎではあるが、今のやり取りを済ませておきたい。ライミ達は他人の出入りの邪魔にならぬよう、脇に退いた。

「釣り、したことありますよ。趣味とか特技ではありませんが」

「釣った魚を捌いた経験は?」

「あります。ああ、意味、分かりました。魚や獣を切って捌くのは全然平気です。犯罪者を相手にしたときも、同じでしょう。虫けらみたいな存在だと思えば」

 返答をよこした部下の顔を、ライミはじっと見つめる。しばらくしてから言った。

「……よし。それなら大丈夫そうだな。行くぞ」


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