第6話 若人は都会を目指す?
照れを感じ、何となく頭に片手をやったボクケイ。
「面映ゆい? 二枚目面が映えるのだから、まさしく文字通りではないか」
ジョウカが、かかと笑い、つられてボクケイも笑顔になったところで、不意に第三者の声が飛び込んで来た。
「ねえ、ボクケイ兄さん! 兄さんがもしも師匠の推挙を断るって言うのなら、代わりに僕が立候補してもいい?」
邪気のない口ぶりを耳にしてすぐ、ボクケイはため息をついた。弟のファン・ハクリ。六つか七つは年齢が離れているが、なかなか似通っている。ハクリはボクケイに比べると目がぱっちりと大きく、たまに口元から覗く牙のような八重歯が、やんちゃさを表しているかのようだった。
年若いハクリもボクケイと同じく警察の人間ではあるが、まだ刑事にはなっていない。市中の見回りや庶民の暮らしに密着した諸問題への対応が主な仕事だ。ただし、若くて力があり、武道にもある程度通じているハクリは、犯罪者捕縛の応援に駆り出される場合もしばしばある。
しかしやはり、経験不足は否めない。
「ねえねえ、兄さん!」
窓のある方向から聞こえていた弟の声はどんどん移動し、道場の出入り口から聞こえるようになり、さらにはどんどん近付いてくる。ハクリはどうやら返事をしない兄に、声が届いていないものと考えたらしい。
「兄さんにはまだ勝てないけれども、他の誰にも完敗を喫したことは一度もないし、ジョウカ先生も兄譲りの才能だって認めてくれたことあったし」
「……ハクリ、おまえどこから話を聞いていたんだ?」
「兄さんと先生が試合をしているところから。だいぶ終盤だったみたいだけど、迫力あったよ。兄さん、師匠に勝つなんて凄いな」
「いや、あれは勝ったと言い切るのは……いや、それよりもさっき言っていた願い事は、俺にするものではないだろう」
「何だ、聞こえてたの。だったら早く返事してくれればいいのに」
「今返事している。頼む相手は俺ではなく、ジョウカ先生だ」
「ああ、それもそうかあ。――先生っ」
身体の前面をジョウカに向け、手を組み合わせて挨拶の仕種をするハクリ。ジョウカは「うむ」と頷き、改めて願いを聞く手間を省いた。
「残念ながらハクリよ、おまえの現在の実力では推せないな」
「どうしてですか。ジョウカ先生の教えてくださる武術は、そんじょそこらの犯罪者なら簡単に打ち倒せるじゃないですか。相手次第で、大人しくならないようなら命の保証はできませんけど。僕ぐらいの段位でも充分に役目を果たせるものと、信じています。それとももしかして、顔の条件で引っ掛かるとか? 僕はだめで兄さんが合格というのは釈然としませんが」
「案ずることはない。顔は文句なしで合格であろうな」
いささか面倒くさそうではあったが、ジョウカは真摯な口調で答えた。
「だったら、兄さんの代わりに僕をぜひとも。結構上の位に就いている兄さん抜けてしまったら、地元の治安維持にも大きな影響が出るでしょう。僕ならそんなことにならない」
「確かに一理あるな」
腕組みをして納得した風になるジョウカ。ボクケイは「先生」と咎め気味に言った。ボクケイ自身は選ばれようが選ばれまいが、己に与えられた職務を果たすのみであり、連続殺人の捜査に協力するのは地元にいたままでも可能だと思っている。特別捜査隊の一員になれば、より積極的に関われるというだけだと達観している。それなのに弟の自己売り込みにとやかく言いたくなるのは、ハクリには別の邪念もあるのではないかと危惧しているから。
「ハクリは以前から、都会への憧れが強いですからね。彼の売り込みを簡単に認めるのには同意しかねると、身内として言っておきます」
「ほう、そうなのかい」
兄ボクケイの推察をまともに受け止めたジョウカは、弟ハクリに視線を戻して、穏やかに尋ねた。
「――そりゃあこの年齢ですから、ここよりもっと大きな街に行ってみたいという望みは持っていますよ。欲を満たす物事に溢れているでしょうし、異性との出会いもあるでしょうから」
ほんの少し怯んだあと、ハクリは率直に認めた。その上で首を強めに左右に振る。
「ですが、その特別捜査の一員に、兄さんに代わってなりたいと言ったのは、純粋に、僕で充分務まるだろうという気持ちからで、邪な望みは抱いていませんから」
「うむ、やはり聞き捨てならないな」
「え、何がですか」
ハクリの声が緊張味を帯びる。彼がもし座っていたなら改めて正座し直し、背筋を伸ばしていたかもしれない。
「たかが連続殺人犯と見なしているようだが、すでに被害者の数は片手の指では足りぬ。それだけ犯行を重ねていながら、警察には正体の尻尾すら掴ませていない。せいぜい、目撃証言から男性の単独犯である可能性が高い、という程度だ」
「お言葉を返しますが、手こずっているのは捜査の方法そのものの問題で、いざ犯人と相対したとき、僕でも充分に対処できるでしょう。兄さんが出るまでもないと言っているのは、そういう意味です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます