第5話 師を確実に凌駕する点
表情をはっとさせ、ジョウカは上半身を起こして己の足を見やる。そして左のふくらはぎ、腱の少し内側辺りを串が貫いているのを認識する。串はジョウカの左足を道場の床板に釘付けのような状態にしていた。
「やり過ぎであったと仰るならば、お叱りはいくらでも」
「いや、かまわないよ。これは……下手に動けば腱が傷付き、歩けなくなる。絶妙の位置に刺しておるようだ。いつの間に?」
「無論、習った通りに。左足を極める際に、その痛みに紛れさせて串を打ち、先生がつま先蹴りで目を狙ってきたのを機に、それを食い止めようと床板に」
「確かに教えたままだが、よほど素早くて見えなかった。釘付け状態にされた感覚すらなかった。すでにおまえ、いやそなたの方が多くの面で上回っていると認めざるを得まい」
「身に余る言葉、痛み入ります。でも先生。お言葉を返すようですが、今の説明はお戯れの理由が相変わらず不明のままです」
「まあ、待て。そう急ぐな。もう一つ、疑問を呈そう」
「疑問、ですか」
師匠は足の怪我の処置をすることなく、話を続行するようだ。ボクケイは困惑を頭の片隅に覚えながらも、耳を傾けた。
「最前の発言だが、決着したも同然とは本当に確かか?」
「え――っと、それはもちろん、先生が片足を失う覚悟で来られたら、まだ反撃の機会は生まれるかもしれませんが、それでも総体の流れは変わらぬかと」
答え終わると同時に、足元をすくう感覚に襲われるボクケイ。かかと方向から何かで足払いを食らった。姿勢を保てず、よろめく。倒れそうな所をどうにか踏ん張ったが、問題の足元を見てみると、紐が絡みついていた。
「これは……」
紐を目で追って、反対側の端を見ると、ジョウカ師匠が握っていた。「いつの間に」と師匠と同じ台詞がボクケイの口をつく。
「よく耐えたな」
上体を完全に起こすと、自身の足の応急処置を施しながら、ジョウカが語り出した。
「説明の必要はないかもしれぬが、師として多少は格好を付けさせてもらおう。砂時計につながっていた紐を拝借した。紐のある場所を覚え、そなたがそこに立つように計算の上、攻勢と防御を繰り返し、誘導してみたのだ。なかなかうまいものだろう?」
「はい。ジョウカ先生が渾身の力で引いていれば、恐らく倒されていました。その隙を突かれれば、形成を逆転される可能性はあったと認めざるを得ません」
ボクケイは正座すると、手を揃えて深く頭を下げた。
「修練が足りませんでした」
「うむ。いや、私を倒しておいてそんなこと言わんでくれよ」
「し、しかし」
「それよりも、お待ちかねの理由を話そう。たわむれのわけをな」
話が本題に入るようだが、それならばとボクケイは申し出た。
「治療を先に済ませた方がよくはありませんか」
道場に備え付けの簡易的な治療具を使い、てきぱきと処置を施す。ひとここちつけたところで、ようやくジョウカが仕掛けた理由を話し始めた。
「ボクケイは当然、首都を騒がせている連続殺人のことは知っているな?」
「もちろんです。管轄が異なるからと言って、安心できませんからね。隣接する街の警察の一員として、協力できることがあればとうずうずすることも時折あります」
「それはちょうどいい」
無精髭を気にする仕種をしつつ、ジョウカがにやりと笑んだ。
「何がちょうどよいと」
「この度、警察の上層部は連続殺人犯のこれ以上の凶行を看過できぬと、特別な捜査班を作ることになった。首都警察以外でも広く人材を集める方針らしくてな。ここでそなたらの指導を務める私にも、誰か適任者を推薦して欲しいと打診があったのだ」
「その推薦されるのが、私であると。ということは、今し方の試合は、最終的に推してよいかを見極める試験だったと言うんですね」
「察しがよくて結構なことだ。ボクケイ、そなたの実力は試すまでもないと考えていたのだが、実戦と道場での稽古や試合はまた違う側面があるからな。手練れの犯罪者の確保となると、何が飛び出すか分からぬ危険がある。その意想外の手に、そなたが十全の対処をできるかどうかを見たかったのだ」
「なるほど……。して、私は合格ですか」
「ああ。最後の紐でもすっ転ばずに辛抱したくらいだ、意表を突かれても充分に対応できようと判断したよ」
「お褒めに与り、感激です。しかしまだ疑問が残りますね。お互いにとって危険な試しを経ずとも、先生ご自身がその特別捜査班とやらに自薦立候補すればよかったのでは。指導なら、私でも代わりが務まると自負していますし」
「そうもいかんのだな、これが」
そう答えたジョウカの顔が、自嘲の苦笑いでたちまち埋まる。
「特別捜査に当たる人員には、ある条件が課せられていてな。私では基準に達しないんだ」
「何ですと? 信じられない。先生ほどの力を有して、捜査経験も豊富な方が条件を満たさない? そんな難関を、私が突破したというのも解せませんね」
「なに、単純明快な条件よ。武の能力とはまったく関係のない」
台詞を途中でジョウカは弟子の顔を指差した。
「顔が大事なんだ。知っての通り、例の連続殺人犯は美形の男ばかりを狙っている。世間の男前を全員、護衛するなんて絵空事だから、警察の中から美形の男どもを集めて、捜査隊を結成し、犯人をおびき出そうって腹だ」
「それはまた何と言いますか、選ばれて光栄ではあるけれども、面映ゆいものだなぁ」
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