第3話 敵もまた二枚目

 力は当然抜けて、小弓銃は地面にぼたりと落ちる。

「見た目で判断して、単なる木の棒と思っていました? 思い込みは間違いの素」

 冷ややかに言い放った男。敵が握る棒は、今や月明かりを受けて銀色に輝いていた。

「いつの間に」

 それだけの言葉を絞り出すのが精一杯だった。血が肉体から急速に失われているのが原因だろう、意識が遠のく。今頃になって、血が噴き出して滝のように落ち、地面を叩く音を意識できた。止血をせねばと思うも、左腕が言うことを聞かない。先ほど、肩口を棒で強く突かれたが、その影響か。

「つぼを鋭く突くことで、おいそれとは動かなくしておきました。こんなに見事に決まるとは運がよかった」

 得意げに解説した男。マルティンはやむを得ず、屈むことで、右手首を右の膝裏で挟んだ。出血がほんのわずかでも遅れるように。

「その姿勢では、もはや反撃はままならない。小弓銃を拾うことすらできないでしょう。確実に息の根を止めて差し上げます」

 男が一歩、二歩と前進を始めたとき。

「あっ、クリュー。その男を仕留める前に念のため、聞いておいて」

 戦況を見守っていたドーラが、頃合いとばかりに口を挟む。男はぴたりと立ち止まった。

「はい。何をでございましょう?」

「成り上がり者の商売人にしては、小弓銃の取り出し方は様になっていたし、糸か何かで銃と腕をつなぐというのもなかなかの策だわ。ただ者じゃない印象を受けたから、ひょっとしたら」

「承知しました。――おい」

 クリューと呼ばれた男は乱暴な口ぶりになると、今や剣と化した得物を振り、マルティンの左耳を削いだ。

 薄れる意識が呼び戻され、短く呻くマルティン。クリューは小さく頷き、口ぶりを戻した。

「貴殿は本当に一介の商売人に過ぎないのですか? 前歴を言ってみてください。もしくは身元を偽っていたのなら、正体を明かすことです。そうすれば」

「助けてくれるってか。とても信じられんね」

 マルティンは気力を詰めて一気にしゃべった。

「いや、助けはしない。可能な限り苦しまぬよう送る、ただそれだけのこと」

「たいした特典じゃあないな」

 はあ、と大きく呼吸する。そうしないと気力が保てそうにない。

「どうせあとから調べれば、判明するだろうさ」

「分かっているのでしたら、早くしゃべった方がいいのではありませんかね」

「ふん。おまえ達に少しでも手間を掛けさせられるのなら、本望だね」

「……貴様……次は鼻を削いでやろうか、目を潰してやろうか?」

 また荒っぽい口調に転じたクリュー。マルティンは最後の虚勢を張った。

「断りたいが、話す気もない。ああ、おまえ達は噂になっている連続殺人犯だろう? この私を襲ったということは、男前だと認めてくれたと思っていいんだよな? どうもありがとさん」

「このっ」

 クリューは拷問のための剣捌きをしようとした。が、その直後、遠くから馬車らしき音が微かに聞こえた。徐々にだが近付いてくるのが分かる。

「ドーラ様」

 主に対する物言いで、クリュー。

「しょうがないわね。聞き出すのはあきらめて、さっさと始末してちょうだい。もちろん、玉の有無も忘れないように調べてね」

「はい」

 クリューは速やかに命令を実行した。


             *           *


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る