自殺の成功率と先生(後編)
自殺。
その言葉に私は息を飲んだ。
慌てて、もう一度ガラスの中を見る。
ベットの上の彼は髪の毛やまつげは無く、目はうつろで患者着を着ている。
半開きの口や目に意思を見ることはできない。
写真の中の彼とは全く違う。
行きに使ったタクシーが迎えに来て町に戻った私と先生は駅前にあるコンビニでコーヒーを買った。
駅のホームで私たちはそれを飲む。
先生が口を開いた。
「あの病院にいるほとんどの入院患者は自殺未遂の患者だ」
いつの間にか先生はコーヒーを飲み終え、煙草を吸っていた。
「隅田。脳死って分かるか?」
「医者みたいに正確ではありませんし、個々の解釈も違いますから間違っているかもしれません」
「別にいいよ。俺はお前を絶対医者にさせようなんて思っているわけじゃない」
「脳死とは視床下部など生命維持の機能は失ってないけど酸欠などにより脳幹や前頭葉などに酸素が回らず人間らしい行動や反応、言動が出来ない状態……でしょうか?」
「まあまあだな。他にも排泄物は垂れ流しなどもある。回復の見込みがあると言えるかね?」
「いえ、ips細胞の研究などにより再生医療は進んでいますが世界的に見ても、患者を回復させるまでの成果は出ていません」
「……だよな」
先生は盛大に煙を口から出した。
ため息かも知れない。
「年間優に一万人を超える自殺者がいるが、その陰では倍以上の人間が自殺に失敗している。脳死以外にも高度機能障害なんかもある。そうすると、家族や周囲は最初献身的でも最終的には見捨てることが多い。だから、あんな病院が出来るんだ」
飲み終わったコーヒー缶を先生は握りつぶした。
「ふざけんな、何が経済大国だ!? たくさんの人を不幸にさせて、それでも企業や金持ちが裕福ならそれでいいのか!?」
私は何も言えなかった。
言っちゃいけない気がした。
と、先生が前を向いた。
「隅田」
「はい!」
「お前も自殺しようと考えていただろ?」
「……はい」
「安心しろ。お前は死ぬ。どんなにあがいて、もがいて、泣いて、叫んでも死ぬ時は死ぬ。それが数時間後か、明日なのか、一か月後なのか、半年後なのか、数年後、十数年後、何十年後か……だから、安心して泣け、叫べ、慟哭しろ。死ぬことぐらい責任を負わなくていい」
その言葉は私の気持ちを軽くした。
そして、涙が出た。
思わず先生に抱き付いた。
わんわん泣いた。
二人だけのホームに私の慟哭が響いた。
自殺の成功率と先生 隅田 天美 @sumida-amami
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