自殺の成功率と先生

隅田 天美

自殺の成功率と先生(前編)

――死にたい。

 ふと、そんなことが頭をよぎることがある。

 死んだら、何にも縛られない。

 誰からも期待されない。

 

 私が在籍している教室は簡単な会議室を利用した一人だけの教室だ。

 以前、私は虐められていた。

 それを二人の老男性教師が学校と掛け合って私のためだけの教室を作ってくれた。

「起立、礼」

 夕方五時。

 掃除なども終わり私と先生は帰り支度を始めた。

「隅田」

 先生が鞄を持つ私に声をかけた。

「明日、課外授業をやるから私服で朝十時までに駅に来い。校長たちから許可は取ってある」

 この先生、普段なら突然、課外授業をやるとは言わない。

 それは副担任の先生のほうが多い。

「わかりました」


 その日は晴れだった。

 私は私服で駅前に立っていた。

「よう、来たな」

 先生はいつも通りの背広でやって来た。

 合流し切符を買い電車に乗り、私は知らない町で下車した。

 と、駅を出て先生はいきなり片手をあげた。

「先生、タクシー呼ぶんですか⁉」

 私は驚いた。

「そうだよ。金は領収書をもらえばいい」

 先生は平然としている。

 唖然とする私にタクシーは停まった。

 ドアが開く。

 先生は私を押し込めるように背中を叩いて乗らせ、自分も乗った。

「○○病院」

 タクシーの運転手は何も言わずギアを入れアクセルを踏んだ。

 ただ、その時の表情に暗い影が落ちたのを私は見た。


 タクシーは山を登る。

 舗装やガードレールはあるが、細く曲がる道。

 先生は黙っていた。

 私も特に話しかけず、運転手も沈黙を守っている。

 と、木々の間から白いものが見えた。

 それは大きくなり、すぐに巨大な白い建物だとわかった。

 

「××円ね」

「領収書頂戴。あと、これはチップね」

「どうも」

 そんなやり取りを後ろで聞きながら私は山間部では不釣り合いなほど巨大な病院に私は口をあんぐり開けていた。

 確かに入り口には『○○病院』と誇らしく掲げている。

 タクシーは去った。

「さあ、行こう」

 先生は前に歩き出した。


 受付で見学者用のカードを身に着け、中に進む。

 改装したてなのか病院独特のアルコールの匂いと新築剤の臭いが混じりめまいを起こしそうだ。

 処置室などは無視して入院エリアに入る。

――誰か知り合いが入院しているのかな?

 と、先生が足を止めた。

 中が見えるように四角にくり抜かれ硝子のはめられた部屋を覗く。

 看護師が私たちを一瞥して処置に戻る。

 サイドテーブルにはベットの上で眠っている人物の家族が撮影した写真があった。

 写真たての彼は元気に笑っている。

「隅田」

「はい?」

「こいつは何でここにいると思う?」

「事故ですか?」

 先生は首を振った。

「違う」

「事件ですか?」

「違う」

 先生はこう言った。

「自殺だ」

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