第17話

 僕が斎宮寮の薬部司くすりのつかさへ通うようになって、一年ほど過ぎた。

 光祐も門部として斎宮寮や斎宮の警護に務めている。


 度々当子様は僕を内院に呼び付けてきたりはするが、前のような無理難題はなく、小間使い程度の用事ばかりだった。


「午後に市に行ってきてくれない?」

「市とは何処の?」

「どこでもいいわよ。髪挿しが欲しいの」

「髪挿し? どういう感じのものをご所望ですか?」

「古風なのがいいわ。勾玉がついているのとか……」

 垂髪でどうやって使うのだろう。

 神事の際は髪を結うのだろうか?

 とにかく、いつもこんな感じのやり取りだった。 


 外に出た所を中将内侍が追ってきた。

「若君。話半分に流してしまっていいのですよ」

「でも……」

「斎姫様も気まぐれでおっしゃってるだけですから」

「そうかも知れないけど、できる範囲の事は対応するよ。僕も外に出るのは気晴らしになるし」

「なら尹盛を呼ばないと……」

 尹盛は今年から斎宮の医生いしょうとなり、家族と共に実家へ越してきたので、養祖父母の邸は一気に賑やかになっていた。

「忙しい医生をわざわざ呼ばないで。僕一人で大丈夫だから」

 既に何度も一人で馬に乗ってあちこち出かけている。

 中将内侍は僕に対して少し過保護過ぎる。


 午後に時間ができて馬で街道沿いの市まで行き、戻って来たら夕方になっていた。

 馬宿に着いて馬を渡していると、青い顔をした少年が走り寄って来た。

「顕成さん!」

 確か光祐の司に勤めている下働きの子だ。

「どうしたの?」

「助けてください! 光祐さんが捕らえられたんです!」

「何だって?」


 京から来ている公達の単がなくなり、光祐が盗んだと疑われて捕らえられたという。

「どうして光祐が疑われてるの?」

「客人の部屋から光祐さんが何か包みを手に持って出る姿を見た、という人がいるのです」

「その包みの中になくなった単が?」

「それが光祐さんの部屋を捜索しても見つからず、行方不明だそうです」

 なんだ、証拠不十分じゃないか。

「で、光祐はどこに?」

「客人の部屋に拘束されています」


 光祐が捕らえられているという部屋へその子と共に向かった。

「その客人はどういう方なの?」

「右近少将の藤原道雅様です。先帝の摂政関白の御令孫だそうで」

 かなり高位の貴族だな。

 緊張しながらも、グッと気持ちを入れて部屋の前へ立ち、御簾の前で腰を下ろした。

「私は薬部司で手伝いをしております顕成と申します。門部の光祐がこちらに捕らえられたと聞き、何か誤解があったかと参りました」

「入れ」

「はい」

 僕だけ中に入ると、座っている若い公達が薄い笑みを浮かべてこちらを向いていた。

 烏帽子を被り豪華な直衣を見にまとった色白の美男子だ。

 これが、京の公達――


 少将の道雅様が黙っているので、僕から切り出した。

「門部の光祐は盗みを働くような者では――」

「まだ童だな」

 途中で遮られ前を向くと、道雅様は僕の頭の先から下まで観察してきた。

 僕は気にしないように努め、

「光祐は装束を盗むような者ではありません」

と伝えると、横に控えていた男がダンっと床を叩き、

「俺が出てくるのを見たっつうのを疑うのかっ!」

と大声で叫んだ。

 びっくりして見ると、髭を伸ばした体格のいい男が立っていた。

 はぁ〜と、道雅様が大きくため息をつく。

「峰男はちょっと下がっていろ」

「少将様、しかし」

「いいから」

 峰男と呼ばれた男はしぶしぶ御簾の向こう側へ回って行った。

「すまないね。従者が驚かせて」

「い、いえ」

 恐怖でどくどくと鳴る胸を押さえながら答えた。

「そなたはあの若い門部とはどういう関係だ?」

「友人です」

「そうか、友人を信じているのだな。だが、私もあんな荒くれ者でも自分の従者の言い分を信じていてね。あの峰男が光祐という門部がここにいたのを見たと言っているのだよ」

「で、でも、本当にここに光祐が侵入したのであれば、何か持っている持っていないに拘らず、その場で捕まえて確認すれば良かったのではないでしょうか? そうしていないのは違うのでは?」

「なるほど……。峰男。まだそこに控えておるのであろう? あの門部を見たのは具体的にどこだ?」

 道雅様は声を少し張り上げた。

「は、はい! えー、そうですな……確か、階前かと」

「何だって? それだと建物の外ではないか」

「し、しかし、何か包みを持っていたのは確かで、きょろきょろして怪しかったので……」

 峰男の声色から自信を得て、僕は口を挟んだ。

「光祐の部屋には何もなかったと聞きました」

「そのようだね。だからと言って盗んでいないとは限らない」

「何のためでしょう? 少将様と光祐とでは背が違い過ぎます。光祐の父親も小柄で合いません」

「自分で着用するためではなく、他に引き渡す相手がいたのではないか? すぐに売ったのかも知れない。誰かに献上したのでなければね」

 献上……

 誰かに命令されて仕方なく犯行に及んだ可能性ならないとは言い切れない。

 一瞬そういう考えが頭をよぎるが振り払う。

「光祐の家は比較的裕福なので、金銭的に困っていません」

「ではなぜあの若者は否定しないのだ?」

「え?」

「光祐だよ。肯定もしないが否定もしない。ただ黙っていられては、こちらとしても放免できないであろう?」


 どういう事だ?

 光祐は否定していない?

 峰男に目撃されたと言われても、警備で見回っていたと言えば済む話じゃないのか?


 まさか本当に光祐が?

 でもどうして少将様の単なんて?


 いったん外に出て考えようと階に降りると、何か下から気配がした。

 沓を履いてから、階の下を覗くと誰かが何かを持って潜ろうとしている。

「何してるの?」

 僕の声にびっくりして振り返ったのは、何と、斎王当子様の女嬬だった。

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