第3話

 数日後――

 僕は、尹盛の馬に一緒に乗り、北へと向かった。

 尹盛は国医師をしていて、普段は国府の宿所に住み妻子もそちらにいるようだが、数日毎に斎宮寮へ来る用があるため、度々両親の住まう邸に滞在している。

 一泊した翌日はそこから国府まで馬を駆けさせ出仕する。

 今日もその日だった。


「顕成君、もし虐められたらすぐ私の所に来るのですよ。私は近くで仕事をしていますから」

 尹盛は何度もそんな事を僕に伝えてきた。

 よほど心配しているのだろう。

 僕も、知らない子供達の中に入れられるのは嫌だったけど、断り方がわからず連れて来られたというのが本当のところだった。


 伊勢国司館に着くと、早速四人の男の子に囲まれて見下ろされた。

 同じ年頃だと聞いていたのに、どう見ても全員二、三歳は年上だ。

「どこから来たの?」

「名前はなんて言うの?」

「歳は?」

 次々と聞いてくるが、例によって声が出て出ない僕は固まった。

「お前ら、そんなに一気に詰め寄るなよ。怖がってるじゃないか」

 一人の子が前に出る。

「僕はここ、伊勢守の長男、正高って言うんだ。こいつは伊勢介の子の靖時で、その隣の小さいのがその弟の靖昌、一番端のが大掾の子、和之。で君は? 歳は十と聞いたけど父上は誰?」

「……」

「正高。この子、しゃべれないんじゃない?」

 靖時という子が、伊勢守の長男に耳打ちするのが聞こえた。

「そうなのか?」

 伊勢守の長男、正高が僕に訊く。

 僕が応えないでいると、

「あ、そうだ。父上が静養で京から来た子だって言ってたんだった」

「静養? じゃあ、病気なんだね」

「風邪じゃない? 喉が痛いのかも」

「あ、だから話すの辛いんだね。僕もなった事あるから分かる!」

「俺もー」

「じゃ、無理しなくていいや。また元気になったら話してくれよ」

 正高は僕を見下ろし、笑いながら頭をくしゃっと撫でた。

「しかし、正高、どうする?」

「だな。海行く日だもんな――って、げっ! お前! また、そんな格好で!」

 正高の視線の先を追うと、僕と同じ位の背丈の子がやってきた。

「あれ? 為則くん――じゃないよね?」

 一人が訊く。

 正高は呆れた顔をして呟いた。

「これ――月姫」

 一同、ええっと声を合わせた。

 姫? ――では女の子なのか。


「だって、私も海に行ってみたいの! 本物を見た事がないんだもの」

 彼女は澄んだ瞳をキラキラさせながら輪の中に入ってきた。

「馬で行くんだよ。姫君には無理だよ」

 確か伊勢介の次男が苦笑しながら告げると、

「私、馬のれるし! ――って、あれ? その子誰?」

と、彼女は僕を見つけて訊く。

 好奇心いっぱいといった目で、僕をじーっと観察するように見つめる。

 僕もじっと見つめ返す。

 男の子の格好をしているけど、やっぱり女の子の顔だ。

 少し赤く染まった頬が可愛いな、と思った。

「ああ、さっき従者に連れられてうちに来た子だよ。都の……よく分かんないけど、どっかの貴族の子なんだって。静養のために伊勢に来たらしい」

 正高が妹に説明する。

「せいよう?」

「病気を治しに来たって事」

「へえ」

 月姫は、不思議そうな顔をして、再度僕を見つめた。

「こっちに来て病気も良くなってきたから、外に出て子供同士遊ばせたいって、この子のおばあさまが国守の父上に相談したら、ちょうどうちにも同じ年頃の子供達がいますよって事で、早速今日連れて来られたらしい。ああ、そうだ。月姫と同じ十歳だってさ」

と正高は一気に説明して馬に跨る。

「へえ、私と同い年なの? 名前は何て?」

「連れて来た従者は顕成君って呼んでたよ。ちょうどいい、お前達二人でここらで遊んでな。さあ、俺たちは行くか!」

「おう!」

 いつの間にか、僕と月姫以外は全員馬に乗っていて、順に走り出した。

「え? え? ちょっと待ってよ。顕成君、あなた馬は?」

「ああ、そいつ、しゃべらないよ!」

 最後になった、伊勢介の次男、靖昌が言い捨てて去っていった。

 声が出ないのは事実だけど、嫌な感じだな。

 しかし月姫は聞いていなかったのかのように、

「あなた馬に乗れる?」

と聞いてきた。

 僕はこくりと小さく頷く。

「じゃあ一緒に来て!」

と、月姫は僕の手を取り、厩の方まで引っ張って行った。


 貸してもらえた馬は一頭。

 当然のように月姫が僕の後ろに乗って手綱を手にし、走らせた。

 小ぶりの馬に二人乗りは何とも心もとない。

 僕は落ちないように鞍を両手でぎゅっと握りしめた。


 昔、同じようにこうして誰かと馬に乗った事があるような気がする――あれは誰?

 父君……?

 思い出せない。記憶を探ろうとすると、頭の中を黒い物が駆け巡る。

 思い出さない方がいい、と何かが忠告する。

 僕は亡くなった父君の邸で数年暮らしていたらしいが、その頃の記憶がない。

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