第13話

ピンポーン。

『はーい…あ!美咲ちゃん!』インターフォン越しに、恵美ちゃんの声がした。続いてドタ

ドタと走るような音と、玄関のカギを開ける音がドア越しに聞こえる。

「…こんばんはー」美咲は倒れそうになる自分の体を支えながら、何とか笑顔を作る。

「こんばんはぁ。どうしたの、雄二兄ちゃんと何かあった?」

無邪気な恵美ちゃんの鋭い質問にドキッとする。彼女にしたら当然の質問だろうと思いな

おし、美咲は声を絞り出した。「あ、あのね、今日は2人に渡したいものがあって…」

「え?洋一兄ちゃんにも?」

「うん、義理チョコなんだけど」私はそう言いながら、包装すらしていないチョコを差し出

す。「渡しとくねー」素直な恵美ちゃんは、すっとそれを受け取ってくれた。胸が痛みつつ

も、少し体が軽くなる。対して恵美ちゃんの表情に、少し影が差したように見えた。どうし

たんだろう?やっぱり彼氏のお兄ちゃんに義理チョコを渡すなんて不自然だったか。

「それと、雄二くんにはこれ…」動揺を悟られないように気を付けながら、私は四角い箱を

差し出す。「お父さんの出張のお土産。おすそ分けしようと思って」われながら苦しい言い

訳だ。家族からのお土産の一部を彼氏に渡すなんて変だし、「学校で渡せばいいのに」と言

われたら返す言葉もない。

「はーい」でも恵美ちゃんは、またも素直にそれを受け取ってくれた。その拍子にふらっと

よろめく。目まいでもしたのだろうか。「渡しとくねー。また明日―」とドアを閉めた。

体がすっと楽になる。

なんだこの感覚は。彼氏とそのお兄さんを殺そうとしていて、その毒が入った食べ物を2人

のかわいい妹、私の友達でもある恵美ちゃんに渡したっていうのに、この晴れやかな気持ち

は、

『それが人を殺す快感よ』

「わっ!」耳元で、というか頭の中で急に声が響いて、私は思わず声を上げた。

『これであの兄弟は、その存在自体があなたを含めすべての人の記憶から消去されるわ』

振り向くと、カプセルと同じ形の船に乗った天使・リンカがニヤニヤと空中に漂っていた。

「洋一兄ちゃん、美咲ちゃんが、これ」恵美はふらつく体を支えながら、ノックした部屋の

ドアから出てきた洋一にチョコを渡した。

「美咲ちゃんが?」「うん、義理チョコだって」

「へえ。そっか。もう俺はチョコはいいや。お前にやるよ」「ホント!?ありがとう!」

恵美は体のだるさも忘れて、そのままチョコと雄二へのお土産を持って部屋に入った。

その頃雄二は、武志の家に着いていた。手には一回り小さくなったカプセルが溶けた、コン

ビニで買った最新のお菓子がある。これを何とかして武志に食べさせて、僕は美咲ちゃんか

らの毒入りの何かを食べなければ、何とか死なずに済む。ハードルは高いが、やるしかない。

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