【短編】タイムリープしたから俺を虐めていた女をトロットロに蕩かして変な性癖植え付ける仕返しする

夏目くちびる

第1話

 別に、俺が今の状況を理解するのに、時間は掛からなかった。どうやら、高校時代にタイムスリップしてしまったらしい。随分と、懐かしい匂いがする。



 2011年。やはり、記憶に残っているのは東日本大震災だ。俺のタイムスリップも、地震のパワーが影響しているのだろうか。まぁ、あれだけの出来事であれば、多少時空が歪んでも不思議ではない。



 なんで俺なの?とは思うけど。



 ……当時、俺は虐められていた。理由はよく分からんし、そもそも理由なんてないんだと思うけど。まぁ、どこのグループにも所属しないで孤独で、その癖に勉強も喧嘩も出来ないで、おまけに顔も大した事なくて、それなのにいけ好かない態度が気に食わなかったのだろう。



 だから、クラスの女子連中に、「キモい奴」と烙印を押された事は、仕方なかったと自分で思っている。それに釣られて、強い男子連中にも嫌われたのも仕方なかったと自分で思っている。



 しかし、俺が己の過去を反省する事と、彼女たちへの恨み辛みは話が別だ。だから、せっかくの知識を使って復讐をしてやろうと思ったワケだ。



「ほんとキモいから」



 この主犯格、神谷由依に。



 ただ、復讐とはその場凌ぎで行うモノではない。綿密な計画を立てて、気の遠くなるような時間を掛けて、ただ目的に向かってひた走る覚悟が必要。恥や外聞なんて、気にしたらお終いだ。ましてや、俺は何の中身もない凡人なのだから、実力をつけて見返したり、優位性を見せつけて嫉妬させる方法は限りなく不可能に近いだろう。



 ならば、どうするべきか。



 猿の脳みそを破壊する方法に、『確率でバナナが手に入るにボタン』という装置を使うのがある。これはどう言うことかというと、最初は押せば確定でバナナが手に入るボタンを与え、そのうち2回に1回、4回に一回とだんだん確率を下げていく。そうする事で、いずれ何度ボタンを押してもバナナが出ないようにしても、猿は狂ったようにボタンを押し続けてしまうというのだ。



 これを参考にしよう。



 名付けて、『尽くしまくって一生傍にいてくれないとダメにする作戦』だ。方法は、名の通りアホみたいに尽くしまくって、その内梯子を外すというモノ。外し方も、一回で全てなかったことにするのではなく、徐々に徐々に、聞くまでの命令の数を調整していくというやり方。



 人間は、一撃で殺されるよりもジワジワとなぶられる方が苦しむのだと、俺は社会に出て知った。まぁ、大の大人が高校生にする事とは到底思えないし、現状の神谷は俺を虐めているワケではないんだけど、これは俺の感情論だから。恨むなら、イフの未来のお前自身を恨んでくれ。



「ふぅん。まぁ、どーでもいいけど」



 懐には、案外あっさりと潜り込めた。ヤンキーの浅田と友達になって、そこを中継して神谷と関係を築いたのだ。



「ねぇ、ミルクティー飲みたい」



 最初は、こんな注文から始まった。やはり、外から見ていたのと同じように、彼女はとても女王様気質らしい。「自分で行って来いよ」と茶化されると、あの手この手を使って誰かに買いに行かせようとするのだ。



「了解」



 他の連中はプライドやダルさでもたついている間、俺はすぐに神谷の注文を聞いた。その内、他のメンバーからも注文されるようになったが、俺が話を聞くのは絶対に神谷だけだった。だから、俺は彼女の事を好きなんだと揶揄されて、神谷にはそれに対して思いっきり嫌悪感を示されたりもした。



「マジでキモイ」



 だが、メーカーがドン引きするような納期を、無理やり説得した時の緊張はこんなモノではなかった。部長のメンツが掛かった飲み会で、一発芸をやらされた時の緊張はこんなモンじゃなかった。億単位の商談が、俺の発言一つで不意になりかけた時の緊張はこんなモンじゃなかった。



 だから、別に何とも思わなかった。むしろ。



「俺は神谷の言う事しか聞かないよ」



 そう言って、周囲の反応を突っぱね続けた。その結果、毎回キモがられながらも、神谷は俺に命令を続けたのだ。



 ……事態が動き出したのは、二年生になった時だった。



「マジでムカツク」



 どうやら、去年のクリスマスに付き合った恋人と別れてしまったらしい。俺はその自慢話を聞かされていたし、メンバーの目の前で俺と違って彼がどれだけ優れているのかも比較されていたけど、別に何とも思わなかった。



 だが。



「ねぇ、一緒に帰ってよ」

「いいよ」



 夕暮れ時。初めて、二人になった。ゆっくりと、復讐の果実が実ってきている。そんな事を実感した。



「つーかさ、全然あり得なくない?向こうから『付き合ってよ~』とか言って来たクセにさ。あいつ、全然大したことないのに自分のキスがうまいと思ってんの、マジでキモかった」

「神谷はそういう経験、結構多いの?」

「は?なんでそんな事言わなきゃいけないワケ?つーか、あいつはイケメンだから付き合ってあげただけだし。別に好きだったワケじゃないし」

「へぇ、頑張ってたんだね」

「頑張ったっつーか、言われたからってだけだし」

「優しいじゃん。神谷って、やりたくない事はやらない女なんだと思ってたよ」



 彼女は、黙った。きっと、図星を突かれて答えが見つからなかったのだろう。だから、スクールバッグを俺にぶつけると、そのまま黙って早く歩いて行ってしまった。河川敷の上、そんな姿を見えなくなるまで見ておこうと思って立ち止まっていると、彼女は一度だけ振り返って。



「バカ!」



 しかし、俺が黙って手を振ると、神谷は唇を噛みしめてから階段を下りて行った。金髪で派手なギャルの割りに、反応は随分と子供っぽい。家は、金持ちなんだろう。何となく、そんなことを思った。



 ……翌週、神谷は俺が行くよりも前に俺の元へやって来た。



「昨日さぁ、ママとエステ行って来たんだけど」

「そうなんだ。確かに、いつもよりもっと綺麗な気がする。髪とか」

「マジ?」

「マジ。なんか、いい匂いするわ」

「キモ」



 最後の「キモ」は、語尾に(笑)が付くような、半笑いの照れ隠しみたいな反応だった。



「なんか、メンエスとかもあった」

「へぇ、男でもそういう事するんだ」



 確か、この時代から男向けのそういう商売が増えてきたような気がする。『化粧男子は受け入れられるのか?』なんて本が、少し話題になっていたっけ。



「あんた、ケアとかしてるワケ?」

「爪切って、ひげ剃って、鼻毛と眉毛整えてるくらい」

「ひげ生えてるんだ。知らんかった」

「そりゃ、高校生にもなれば生えるさ」



 その辺は、個人差だろうけど。



「それで、そのエステにカップルで行ったら化粧水貰えるんだけど」

「うん」

「……ウチ、その化粧水欲しいんだけど」

「うん」



 決して、俺から答えを先読みしたりしない。この作戦は、あくまで『神谷の命令を聞く』というモノだ。誘い受けは、通用させてはならない。



「もういい」

「そっか、浅田とかに話しとこうか?」

「死ね、マジで」



 神谷は、軽く肩にパンチをして自分の席へ戻って行った。さて、問題はどうやって彼女に命令をさせるかだ。一度気の無いようなフリをしてしまえば、そのまま諦める女は結構多い。神谷は、実はガツガツ男を食うような女ではないから、こっちから手を打たなければ話自体が無くなってしまうだろう。



 だから。



「神谷の欲しい化粧水って、そのエステでしか手に入んないの?」



 帰り道。他のメンバーと別れて二人になった時、探りを入れることにした。



 一年も尽くしていると、周囲も段々と気を使ってくれるようで、むしろ早く告白しない俺にちょっとイラつきつつ、しかし応援はしてくれるという、何ともありがたい状況になっているのだ。



「うん。なんか、プライベートブランド?的なヤツ」

「へぇ、そうなんだ」

「なに?興味あるワケ?」



 ちょっと、嬉しそうだった。



「化粧水ってか、神谷が好きなモノってなんだろうと思って」

「そういうの、マジであざといから」

「仕方ない、奴隷体質だし」



 すると、また彼女は黙った。どうやら、何を言うべきか考えているようだ。こういうとき、思考時間を与えるとマズい。



「そういえば、今日は宿題出てたね」

「え?あ、あぁ。うん」

「答え、わかる?順番的に、明日は指名されるんじゃない?」

「そうかも。ちょっと、教えてよ」

「いいよ」



 簡単な命令をさせて、間口を開いた。こうなれば、後は容易い。



 駅前のカフェ。まだ敏感な味覚には、ブラックコーヒーは苦い。



「それでさぁ、ウチは別の男でもいいんだけどさぁ。美香とか愛子があんたを誘えって言うからさぁ」

「うん」

「なんか、別の男と行ってウチが悪者になるのも意味分かんないじゃん?」

「そうだね」

「だからさぁ……」



 神谷は、解き終わったテキストをカウンターの端において、オレンジジュースの残った氷をストローでカラカラと回し、チラチラと正面のガラス越しに俺の顔を見ていた。



 もちろん、気付かないフリ。



「つーか、どうせあんた暇でしょ?今週の土曜」

「まぁね」

「じゃあ、その、ウチとカップルのフリしてよ」

「いいよ」



 口にしてしまえば、案外なんてことのないモノだと思ったのだろう。俺は、絶対に彼女を裏切らないと信じたのだろう。神谷は、この日を境に俺への命令をどんどん過激にしていった。



「ねぇ、渋谷行きたい」

「いいよ」

「ねぇ、ディズニー行きたい」

「いいよ」

「ねぇ、バイク乗せてよ」

「いいよ」

「ねぇ、今度ご飯作ってよ」

「いいよ」



 そんな命令を聞き続けて、気がつけば半年。そろそろ、失恋の傷が言えてきたのだろう。神谷は、とうとつ一線を越える命令をしてきた。



「ねぇ」

「なに?」

「……手、繋いで帰ろ」

「いいよ」



 手を差し出すと、神谷は左手を乗せて親指と人差し指の間に手を入れた。指を絡ませるのではない、何だか初心で可愛らしいやり方。心無しか、力が弱い気がする。



 歩いている最中、神谷はあまり口を開かなかった。しかし、やがてじんわりと手に汗をかいたかと思うと、小さく深呼吸をして徐に話を始めた。



「あんたさぁ、ハッキリして欲しいんだけどさぁ」

「なに?」

「う、ウチの事、好きなワケ?なんか、周りも絶対好きとか言ってるしさぁ、ずっとウチの言うこと聞いてるしさぁ……」



 不意に、一年の時と目線の高さが違っていることに気がついた。俺も、結構背が伸びたらしい。神谷は、俺のことを見上げていた。



「神谷はどう思う?」

「は、はぁ!?マジ、そういうとこがキモいんだけど!普通に好きって言えばいいじゃん!」

「本当は、好きじゃないかもよ」



 すると、神谷は立ち止まって、手を握る力を強くした。縋るように。引き寄せるように。



 ……実った。そう、確信した。



「う、ウチさぁ。なんか、アイス食べたいなぁ。あ、暑いし」



 こういう時、その人間の本性が顕になる。どうやら、神谷は困難や悲劇に立ち向かえる性格ではなかったらしい。目の前の可能性から目を背けて、言えば叶う願いで誤魔化したのだ。



 第ニフェーズだ。もう、ボタンを押しても、必ずバナナが出るワケではない。



「ね、ねぇ。アイス、食べいこうよ」



 無視だ。こういう時、下手に言葉を発すれば人間味を晒すことになる。圧力をかけるには、無言が最も効果的なのだ。



「……どうしたの?アイス食べようって」

「いいよ」



 神谷は、俺が考え事をしていたとでも思ったのだろう。ホッとすした表情を見せて、すぐにテクテクと歩き出した。



 まずは、3回だった。3回目の命令で、俺はいいという。すると、彼女は俺に必ず、3回の命令をするようになった。



 しかし、本人はそれを当たり前のことだと自覚していても、周囲から見れば明らかに異常なのは間違いない。だから、俺はより深く彼女に命令させられるように、しばらくしてからこんな事を聞いた。



「あの日、神谷は俺にどうして欲しかったの?」



 今日も、手を繋いでいた。慣れていたハズの手付きが、瞬間的に強張ったのを感じた。やはり、保留していただけで忘れてしまったワケではないらしい。



 神谷は、頭のいい女だ。だから、女王気質なのに理性によって本当の感情を押し殺してしまう。



 その理性を取っ払ってやれば、どうなるのかは火を見るより明らかだった。



「……なんか、別に付き合ってあげてもいいかなって」

「前の彼氏みたいに、好きでもないのに付き合うの?」

「ちが!あんたは、そうじゃないから!」

「なら、今までみたいに、俺にどうしてほしいのか言ってごらん」



 ほんの少し。本当に、ほんの少しだけ、彼女の体を引き寄せた。口を開くには、それで十分だと知っていたから。



「付き合っても、いい」

「……」

「付き合って」

「……」

「つ、付き合って、欲しい。付き合って欲しいの。ウチ、あんたの事、す、好きだから……」

「いいよ、付き合おうか」



 高校生という生き物は、どれだけ大人ぶっても高校生だ。本気で騙した事も、本気で騙された事もないから、洗脳や催眠の存在を信じない。しかし、この世界では常人が絶対に信じられないような出来事が起きるし、巻き込まれるのは決まって信じない常人なのだ。



 一度、永田町にでも行って見るといい。人は、精神を支配されるとこうなるんだと、その一端を垣間見ることが出来るから。



 ……それから、神谷のはさらなるうねりを伴っていった。関係が変わったこと。そして、俺が命令を聞くまでの回数が増えていったからだ。



 始まりは、ただ優しい関係だった。しかし、彼女か刺激を求めるようになるのに、時間はかからなかった。なぜなら、既に知っているからだ。何度もお願いをすれば、俺が必ず叶えてくれると。



「お願い、もっと強くして」



 だから、最初は強く求め満足していたキスやハグが、より濃密な行為の前の前戯だと知って、神谷は更にお願いの内容を過激にし始めたのだ。



 最早、彼女はお願いを恥じることはなく、ただ純粋に求めていた。人前では憚られるような事すらも、何度も何度も口にして、ようやく手に入れる努力に見合った願いをするように、加速度的に欲求も増幅した。



 その結果が、今の彼女だ。



「お願いします!もっと強くしてください!ん……っ。つ、強くしてください!強くしてください!お……っ。は、早く、もっと強く。私がイッても止めないで。もっと!は……ぁぁぅ。うぅ……っ。も、もっと!もっと!……もっともっともっともっと!」



 こうなれば、いつまでバナナが出なくても、彼女はボタンを押し続ける。どんな押し方を試しても、結果は変わりはしないのに、ただひたすらに押し続ける。箱の仕組みを調べたり、別のバナナを探しに行くこともなく、ただ目の前の反応のないボタンを押し続けるのだ。



「お願いします。お願いします。お願いします。お願いだから、好きって言ってください。なにか言ってください。お願いします。お願いしますから、また抱きしめてください。お願いします、キスして。お願いだから……」



 果たして、彼女はいつまで俺に『お願い』をし続けるのだろうか。そして、願い続けて、いずれ夢から覚めた時、誰かとまともな付き合いが出来るのだろうか。他の誰かではお願いが叶わないと知った時、俺のところへ戻ってくるのだろうか。



 そんなことを考えて、優しく頭を撫でた。確かに100回、『俺に愛して欲しい』とお願いされたから。



 由依は、泣いて喜んだ。

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