第六話 死神に贈るがっつりレトロオムライス

 三途の川の街には卸業者がまだ存在しないので、食材の仕入れは普通のスーパーへ買い出しに行くことになる。どこかでみたような気がするけれど、微妙に違うロゴが看板に掲げられていて、忙しく働く店員たちに生者の姿はない。

 現世と変わらない品が並ぶ店内は、他の飲食店で働く方々も仕入れに来ているし、普通に買い物をしている方もいる。


 メモを見ながら買い物かごに野菜を入れて、店内を回っていると声を掛けられた。

『お、食堂の姉ちゃん! 仕入れかい?』

 魚売り場には常連さんの姿。直立するオオサンショウウオが白い調理師服を着て魚を捌く姿は何度見ても内心びっくりしてしまう。


「はい。何かおすすめはありますか?」

『そうだなー。新鮮な海老はどうだ? 真だらも良いのが入ってる』

 活海老と真だら。新鮮な素材を見ると、いろんなメニューが思い浮かぶ。どんな料理を作るか考えるのも楽しい。

「それじゃあ、海老と真だらをお願いします」

『毎度あり! 後でまとめて店に届けてやっから、他の買い物済ませちまいな!』

「ありがとうございます。お願いします」

 親切な常連さんは、スクーターに似た乗り物で重い荷物を運んでくれる。お礼を言って、私は買い物を続けた。


      ◆


 三途の川で働く方々は人の形をしていない方も多い。直立したイモリの姿だったり、何かよくわからない生き物ということもある。ほぼ全員が着物や洋服を着ているので、特に恐怖は感じない。


『いやあ。新しくできた店に入る時には緊張するものだが、ここはまるで昔から馴染みのような店だなぁ』

『そうそう。店主が悲鳴を上げることもなくて助かった』

 笑い合うのは、茶色と緑の直立したカエルたち。その身長は私と同じくらいで、水かきの付いた手で器用にお箸を持ってオムライスを食べている。念のために添えたスプーンとフォークは使う気配がない。


 お客様への応対は現世での修業が役だっているような気がする。どんな身なりのお客様が来ても、笑顔で迎えることを徹底的に教えられた。同時に、身なりが良くても常識外の要求をする人間は客として扱わないということも教わった。

 ふと現世のことを思い出す。毎日忙しくこの店を切り盛りしていたから、全く気にも掛けなかったけれど、私の住んでいた部屋の荷物や葬儀はどうなっただろうか。散らかしっぱなしの部屋を見られたかと思うと恥ずかしい。ちゃんと片付けておけばよかったと後悔がじわじわと湧いてくる。


『どうした?』

「オムライスの卵の焼き加減について考えていました。いかがでしょうか」

 しまった。今は営業中。思い出に浸っている場合じゃなかったと思考を切り替える。

『わしが頼んだ半熟にきっちりと仕上がっておるよ。丁度良い』

『おれの頼んだ固焼きも、しっかり火が通っていて美味い』

 今日のオムライスは、卵の焼き加減を聞いて焼いていた。中身のチキンライスは生米に具材と調味料を入れて炊いているので、鶏肉と野菜の風味がしっかりと感じられる。瑞々しい野菜サラダと野菜たっぷりのコンソメスープを添えてバランスを取った。


 チキンライスは余裕をみてかなり多めに仕込んだ。残り物食材の料理ではなくて、手間をかけて本気で作った料理を死神に食べて欲しいと思う。今日も来てくれるだろうかと、夜になると何故かそわそわしてしまう。

 営業が終わり、片付けをしながら待っていると、ガラス戸の外に人影が映る。

『今日も……いいか?』

「はい。お待ちしていました」

 申し訳なさそうな感じで恐る恐る店に入ってくる姿は、最初の日から全く変わっていない。緑茶を出して、卵の焼き加減を聞く。

『……オムライス……か……』

「もしかして、苦手ですか?」


『いや。食べたことがないから任せる。死神仲間と行く店には、洒落た料理はないからな』

 オムライスは洒落た料理だっただろうか。卵を割りながら、死神がいつも行く店のことが知りたくなってきた。

「いつもは、どんなお店に行っていらっしゃるんですか?」

『現世の飲み屋かラーメン屋だな。男ばかり四、五人で行って酒を飲む』

「死神さんって、何人もいらっしゃるんですね……」

『そりゃあ、毎日何千人と死ぬからな。一人や二人じゃ過労死まっしぐらだ』

 死神も死ぬのか。意外と言えば意外。


 スープとチキンライスを温めながら、エビフライを揚げる。

『いつも思っていたが、よくそれだけの料理を同時進行できるな』

「慣れれば平気ですよ」

 何だか褒められているようで嬉しくなってきた。ずっと料理だけを続けてきたから、他に何も取り柄がない。


 二つのフライパンにバターを溶かして卵を流す。初めて食べるのなら、しっかり焼いてレトロ風が良いだろう。タイミングを見て、チキンライスを投入して卵で包む。フライパンの持ち方を変えて皿に移すと、綺麗な黄色のオムライスが出来上がった。

『凄いな』

 感嘆の声がとても嬉しい。彩りに蒸しブロッコリーを飾り、エビフライを添えてからケチャップを掛ける。密かに名づけるなら『死神に贈るがっつりレトロオムライス』。

「熱いうちにどうぞ」

 今日は本気で作った料理を食べてもらいたい。最高の笑顔を添えて、私はオムライスを差し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る