第五話 懸衣翁に贈る軽ーい衣のフライドチキン
三途の川のほとりで
近代化した三途の川で、懸衣翁も仕事の転換を余儀なくされていた。奪衣婆が営む貸衣装屋の奥で預かった服の重さを量り、あの世での魂の行き先を決めている。
白い短髪に赤い瞳。垂れ目で甘い雰囲気を漂わせる懸衣翁は、十八から四十歳前後と毎日その姿が変わる。和服の肩には女物の派手な羽織を引っ掛けていて、どうやらその羽織は妻の奪衣婆のものらしい。
夕方、ふらりと店に入って来た懸衣翁は緑茶を一口飲んで溜息を吐いた。
『時代だよね。服の重さが軽いと怒る人がいるんだよ』
「怒るんですか?」
『そう。そんなに軽いはずないから、もう一度量れっていうんだけど、生きてるうちに犯した罪が軽いから服が軽いわけ。重かったら地獄行きっていうの、知らないのかなぁ』
懸衣翁がまた溜息を吐く。現世ではグラム何円で古着を買い取ってくれる業者がいるから、そこへ持ち込む感覚なのかもしれない。
『君は知ってた?』
「衣を掛けた木の枝のしなり具合で、あの世での行き先が変わると聞いたことはあります」
『ああ、そうか。その程度しか広まってないのか……もっと現世で教育しておいてほしいものだなぁ。僕からは魂の行き先を告げることはできないんだよね』
苦笑した懸衣翁は、壁に掛かる黒板のメニューに目を向けた。
『僕の気分にちょうどいいメニューがあるね。「軽ーい衣のフライドチキン」をもらおうか。……あと……』
懸衣翁の視線が店内をゆっくりと横断していく。
『そうか。ここは酒はなかったね』
「はい。すいません」
『謝らなくていいよ。女一人で酒飲みの相手は大変だからね。それにこの店で酒を出したら、きっと妻が入り浸ってしまうから僕が困るよ。妻は大酒飲みでね、食事より酒を優先させてしまうんだ。ここで食べるようになってから、晩酌が随分減った』
奪衣婆の晩酌の飲酒量を聞いて驚いた。それで減ったというのなら、元々どれだけ飲んでいたのだろうか。
『めずらしく米を食べるようになって、体の調子も良いって言ってるよ。僕もご飯にしようかな。フライドチキンに合う?』
「はい。洋風ですが、ご飯に合う味付けにしています」
『ごめんごめん。当たり前のこと聞いちゃったね』
「いいえ。作る前に確認して頂けると助かります」
料理を作った後で言われても困ってしまうから、先に確認してもらった方がいい。優しい笑顔を返してくれた懸衣翁は、近くにいた客と気さくに話し始めた。
下処理しておいた鶏肉を、小麦粉や片栗粉、スパイス類を混ぜ合わせた卵液にくぐらせて油で揚げる。最初はじっくり低温で一度揚げ。取り出して数分置き、再度高温でかりっとするまで揚げれば、衣はかりっとさくさく、中はあつあつジューシーなフライドチキンが出来上がる。
密かに名づけるなら『懸衣翁に贈る軽ーい衣のフライドチキン』。フライドポテトの替わりにカリカリに揚げた薄切りのレンコンを添え、押し麦入りのご飯と副菜。野菜たっぷりのお味噌汁と温野菜サラダで食感と栄養のバランスを取る。
懸衣翁がフライドチキンをかじると、かりっと良い音がする。そばにいた客たちが、単品でのフライドチキンを追加注文してきた。
『さくさくとして軽い衣だね。それでいて肉はしっとりしてる。音が美味しさを表してて面白いよ。……音か……』
咀嚼しながら、懸衣翁が何かを考えている。味に気になる所があるのだろうか。
『ん。思いついた。量った服が軽かったらファンファーレとか鳴らしてみよう。軽くておめでとー! みたいな感じだったら楽しくていいんじゃないかな』
「それは素敵なアイディアですね」
楽しい音楽で祝われたら怒ることはないかもしれない。その光景を想像して、自然に笑みが零れた。
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