貯金残高三円の俺が悪役令嬢に転生したなんてそんなこと絶対に信じないからなァッ!

Lemon

第1話 貧乏なニート、今日も貴族系RPGに酔いしれる

『アイリス・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ嬢のおなり!』

 右側に立つ男の声と共に馬車のドアが開く。

『もっと頭を下げろ下人ども!』

 左側に立つ男が群青色のハイヒールを横目に声を張り上げる。そして、そのハイヒールの上に重なった黒色のレースは、ふんわりと香水の香りを帯びている。しかし、このハイヒールが音を立てることも、レースが動くこともなく、動いたのはその形の整った口元であり、音を立てたのは……

「使用人ども、騒々しい、且つ、図々しくてよ。私がまだ馬車を降りていないこと、そして、まだ頭を下げて欲しいとなんて言っていないことをわきまえてくださる?」

 その美しく、若干低さを帯びた音を立てる声帯である。辺りが静まり返り、その中で唯一音を立てたのは、彼女のハイヒールであり、唯一動いたのが真珠が散りばめられ、その美しくん艶かしい黒髪を忍ぶほど輝く彼女のドレスを、さらに飾っているレースである。


 世間では、このような女性を『悪役令嬢』と呼ぶのだろう。しかし、黒の衣装をまとい、紺色の美しい瞳を持ち、その整った顔から高貴なオーラを振りまく登場人物のことを指していると錯覚する人物がここにいる。


 —————アイリス………俺の推し………!なぜこんなに美しいんだろうか………!まぁそれもそうだよな。世界一美しい人間の多いとされるラ・トゥール・ドーヴェルニュ家の出身なんだからな。その上才色兼備で大金持ち!舞踏会へ行けば必ず取り巻きは20人以上!何でこんな素晴らしい女性が悪役にならなきゃ行けないんだろうか………


 アイリスは静かな人の道を進み、優雅な音楽の流れる広間に出た。取り巻きとの会話をし、使用人が用意した白ワインのグラスに口を近づけようとしたとき……

「アイリス様!ごきげんよう!とても素敵なドレスですね!まるで星空のようで、美しいです!この真珠の位置はオリオン座をイメージしているのでしょうか?」

「………あなたは確か………ルードヴィング家の………」


 —————そうそう。少しウェーブした桃色の髪の毛。そんな髪の色に反して空色に輝く愛らしい瞳。まぁ、設定資料やネットでそう言われてるだけで、俺はそんなふうには思ってないんだけど。こいつがアイリスから主人公の座を奪った張本人、主人公『フローレンス・フランツィスカ・ルードヴィング』だ。でも、所詮、位の低い貴族の令嬢だ。アイリスだってそんなことわかってるはずだろ?さぁ、言ってやれ。


「あなた、今、私のドレスをオリオン座と表現したわね。」

「え………」

 フローレンスは顔を曇らせる。

「オリオン座はなぜ冬にしか現れないかご存じ?」

「い、いえ………私は知りません……」

 おどおどとした表情を隠さずに、フローレンスは言った。

「いいわ、教えて差し上げましょう。冬のオリオン座はね、夏に現れるさそり座から逃げているから夏には現れないの。」

「それが何か………?」

 その言葉を聞くと、アイリスは、まだ口をつけていない白ワインを持った右手を、フローレンスの方へ振り下ろした。

「だぁかぁらぁ、私が何かから逃げているとでも言いたいの?と言っているの。何故わからないのかしらねぇ?あなた、よっぽど鈍感なんじゃなくて?」


 ————そんな彼女が、俺は大好きだ。


 俺は、アイリスが主役のそのストーリーを読み終えるとスマホを投げ出して、ベッドに倒れ込んだ。俺の大好きな貴族系RPGは、大学入試で3浪し、諦めた上に30回採用試験に失敗した、ただの無能なニートである俺の心を埋める、たった一つの手段だ。

『ジリリリリリリリリ』

 あ、電話。しかも知らない番号だ。人見知りなんていう言葉は俺の辞書にはないが、知らない番号の電話を取るのは気が引ける。しかし、知り合いだった時に面倒なので、俺は電話を切った。

「もしもし?こちら五反田の携帯ですが………」

『五反田様ですね。こちら国税庁の佐藤と申します。お時間よろし』

 そこまで聞いて、俺はすぐに電話を切った。これはまずいかもしれない。

「今、残高いくらだ………?」

 俺は、紙類のゴミ山を漁って、表紙の折れ曲がった通帳を引っ張り出し、1番最後に印刷をしたページを開いた。そのページを見て、俺は目を見開いた。

「さ………三円⁉︎」

 なんと、1番下には3としか書かれていない。国税庁から電話が来てもおかしくない金額である。

 こういう時に1番いい手段はふて寝だ。一度寝ることで一時的に意識を飛ばしてリフレッシュすることができる。俺は、2時間後にアラームをセットし、スリッパを脱いでベッドに潜り込んだ。アイリスの夢でも、見れればいいなぁ………





 だけど俺はアラーム前に目を覚ました。おかしいなぁ………いつもはアラームが鳴っても起きられないのに……俺はスマホのアラームを消去しようと手を伸ばしたけど、手が届かないのかいつまで経っても掴めない。

 ん?ちょっと待てよ?スマホが掴めないほど、俺の部屋ベッド、デカかったか?

 俺が飛び起きて顔を上げると、ベッドの周りには群青色のレースがかかっていた。あれ?これって確か………いや、まだ決まった訳じゃないと、俺が分厚い黒の掛け布団を押し退け、ベッドから離れると、そこには白のドレッサー、その上には香水や、名前もわからない化粧品が置いてある。そして鏡には、切長で紺色の瞳、艶やかな黒髪、高貴なオーラを纏う美しい表情………嘘だ……俺は信じないぞ……!

「アイリス様!本日はお仕事がございます!お目覚めになってください!」

 貯金残高三円の俺がアイリスに転生したなんて、そんなこと絶対に信じないからなァッ!

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貯金残高三円の俺が悪役令嬢に転生したなんてそんなこと絶対に信じないからなァッ! Lemon @remno414

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