第3話 死の谷

 白い霧が立ち込めている。

 数メートル先も見えない。


 俺は魔力量ゼロの勇者だからとの理由で死の谷に転送された。


「あいつら、殺してやる!」


 怒りを込めて地面殴った。


「痛っ! あっ、あああああああああああああああああああああ」


 拳の痛みで少し冷静になると、そこには人の頭蓋骨があった事に気づいた。

 見える数メートルの範囲の地面一体は、何かしらの骨で埋め尽くされていた。


「なんだよ、これ……」


 制服のポケットに入っていたスマホを取り出す。


「圏外か。異世界に電波届くわけないもんな」


 もし、電波が入れば助けを呼べるかもとわずかの期待をしていたがダメだった。


 カサカサ、カサカサ。


「ん? ああああああああああああああああああああああああああああ」


 音に気付いて振り向いたら、目の前に蜘蛛がいた。2メートルくらいの。


 逃げようとしたが、恐怖で足に力が入らなかった。


「死にたくない……死にたくないよ」


 蜘蛛が迫ってくる。


 恐怖で目を瞑った。


 俺の人生はここまでか。

 早かったな。

 連次郎。三城。俺はここまでみたいだ。

 まさか、あんな感じのが最後の別れになるとはな。

 あー、上結さんと付き合いたかったな。

 彼女欲しかった。

 女の子とキスしてみたかった。

 童貞卒業してみたかったな。


 ――あれ? 生きてる。


「さっきの巨大な蜘蛛は?」

 

 あたりを見回したが、骨しかなかった。


 もしかて、死の瀬戸際にスキルが目覚めてあの巨大蜘蛛を撃退したとかか。

 もしそうだったら、わずかな希望が見えてきたぞ。


 モシャモシャ、モシャモシャ。


 大きな咀嚼音がした。


 そして、大きな風が吹いた。


 俺は飛ばされないように踏ん張り、腕で顔を守る。

 風は数秒でやんだ。


 顔を守っている腕をどけると綺麗に周囲の霧が晴れていた。


 そして、上空には深紅の鱗に包まれたドラゴンがいた。

 全長は100mくらいありそうだ。


「すごいな。本物のドラゴンだ」


 俺はドラゴンを見て感動をしていた。


 ドラゴンは大きな口を開いた。


 そして、火の濁流――炎ブレスが俺に襲いかかってきた。


「あっ、死んだな」


 俺の意識はここで途切れた。


★★★


 あれ、生きてる? 

 いや、死後の世界か?

 分からない。

 でも、あの炎ブレスを食らって生きている生物なんていないだろう。


 あれ? なんか、力がみなぎってくる。

 なんだこれ?



 目を開けた。


 上空にはさっきと変わらず深紅のドラゴンがいた。


 夢なのか?

 もしかして、ずっと夢をみていてまだ夢の中なのか?


 なんかすうすうするな。

 あれ、全裸だ。制服も靴もない。


 ドラゴンが炎ブレスを放った。


「熱い熱い熱い――――あれ?」


 なんかめっちゃ熱めのお風呂に入ったくらいの感じだ。


 ドラゴンがもう一度ブレスを放った。

 俺はそれを横に跳んで避けた。


「なんだこれ? 体がかるい」


 炎ブレスが迫ってくるのが遅く感じ、避けようと横に跳んだら、10m以上は優に跳んでいた。

 まるで自分の体じゃないようだ。


 それから何回もドラゴンが吐いてくるブレスを跳んだり、走ったりしてよけた。


 あのブレス、あたっても火傷しないけど、熱いもんな。

 てか、熱さとか全裸のすうすう感とか妙にリアルだよな。

 やっぱりこれは現実か。


 だとすると、俺もスキルに目覚めたのか?


 ドラゴンは、ブレスが当たらない事に苛立ってか、上空から急降下しながら突っ込んできた。


 いろいろ考えるのは、ドラゴンを倒してからだな。


 突っ込んできたドラゴンを紙一重でかわし、そのまま頭を思いっきり殴った。


 ドン! ザザザザー。


 ドラゴンは吹っ飛んでいき、骨だらけの地面に擦られるように滑っていき止まった。

 俺はすぐさま追撃をかける為に距離を詰めようとしたが、吹っ飛ばしすぎた為距離が離れており、追撃をかける前に飛び立たれてしまった。


 なんか、攻撃手段はないか。

 ふと、人の頭蓋骨が目に留まった。


「ごめんなさい」


 俺は頭蓋骨を手に取り、思いっきりなげた。

 頭蓋骨は一瞬でドラゴンの翼にあたり、上空のドラゴンが少しよろけた。


 ちょっとは効いてるか?


 それからは、地面に落ちている骨を投げまくった。

 骨が当たるたびにドラゴンはよろけた。

 投げた骨のほとんどを当てることが出来た。


 投げた骨、時速何キロくらい出ているのだろう。


 それでも、決定打になっている感じはしなかった。


 ほかの攻撃手段はないもんな。


 ――突如、ドラゴンはこちらに突撃してきた。

 骨がたくさん飛んでくるのにいらだったのだろうか。


 チャンスだ。

 次は吹っ飛ばさないように一撃決めて、そこから畳み掛ける。


 ドラゴンの突撃を紙一重で上に跳んで躱し背中に乗った。

 そして、渾身の力で殴りつけた。


 ドン!


 突進で低空飛行していたドラゴンは地に落ちた。


 俺は拳を交互にドラゴンへ打ち付けて畳み掛ける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「や、やめてー」


「えっ!?」


 突如、ドラゴンが光りだした。

 光がだんだんと小さくなっていく。

 そして光が消えると、そこには一糸まとわぬ姿の少女がいた。

 腰くらいまである深紅の髪、深紅の瞳、陶器のような白い肌。


 見た感じ10歳くらいだろうか。

 てか、女の子の裸初めて見――これは見たにカウントはされないのでは?

 胸もほとんどないし。


 てか、なんでこんなところに少女が? ドラゴンは?


 少女が頬染めて、恥ずかしそうにしながら片腕で胸をもう片方の手で下を隠す。


「あっ、ごめん」


 少女に謝り目を逸らす。

 あんまりじろじろ見すぎだもんな。


「あっ!」


 そういえば俺も全裸だった。

 今更だけど、急いで自分の息子を隠す。


 なんか気まずい空気が流れる。


「わたしは、カーミル。ドラゴンだよ」


「ドラゴンなの?」


「うん、そうだよ。上位のドラゴンは人の姿にもなれるの」


「へー」


「ごめんね。呪いのせいで君を襲ちゃって」


「呪い?」


「うん、でも呪いはもうないから大丈夫だよ」


 カーミルは、弱っているところを誰かに呪いを掛けられ死の谷へ連れてこられたらしい。

 呪いの内容は、死の谷から出る事が出来ないのと、目に入ったものを手当たり次第攻撃してしまうとの事だった。

 呪いにかかっていた時の記憶は曖昧らしい。


「別に、襲われた事に関してはいいよ。俺、生きてるし」


「ありがと。君、名前なんていうの?」


「勇崎優心だ」


「苗字があるって事は貴族?」


「いや、この世界とは別の世界からやってきた」


「そうなんだ。迷い込んできたの?」


「いや、召喚された」


「それで、なんでこんなところに?」


「魔力量がゼロでスキルもなかったから処刑でこの谷に転送された」


「大変だったね」


「ああ」


「魔力は全然感じられないけど、でもスキルはさっき使ってたよね? 強力なの」


「やっぱりあれは、スキルか」


「だと思うよ」


「これからどうしよう」


「わたしの魔力が回復したら、背中に乗せて谷から連れ出してあげる」


「マジ? ありがとう。助かるわ」


 周囲の霧が晴れて分かったが、谷の深さ、横幅は1kmくらいあった。長さは遠くの方にはまだ霧が残っている為、よく分からなかった。

 岩の絶壁で1kmくらいありそうなところを命綱もなしで登れる気はしなかった。


「あそこの岩陰に隠れよう」


 カーミルの提案でぽつんとある岩陰に隠れることにした。


 岩に背を預け、二人で体育座りをした。

 もちろん、大事な場所は隠して。


「ねえ、もしよかったらこの谷からでた後、一緒に行動しない?」


「いいよ。この谷を出ても、帰る場所もないし、魔力もないし、この世界の事なんも知らないし……なんかちょっとみじめになってきた」


「そんな事ないよ。あのスキルすごく強かったよ」


「そう言われると気が少し楽になったわ。ありがと」


 さて、死の谷をでたらまず、飯食いたいな。

 それから、服とお金、寝る場所を確保して、そこからは日本へ帰る方法を探そう。

 なんか、一気に未来が切り開かれた気がするぞ。


「なんか、幸せそうな顔してるね」


「そうか、あーこれからの事を考えてたらどうにかなりそうかなって」


「そっか――――っ!」


 カサカサ、カサカサ。カサカサ、カサカサ。

 カサカサ、カサカサ。カサカサ、カサカサ。

 カサカサ、カサカサ。カサカサ、カサカサ。


 血の気が一瞬で引く。

 聞き覚えのある足音がたくさん聞こえる。


 そして、数十匹の巨大蜘蛛に囲まれた。


「――スキルは使えそう?」


「使い方が分からない。さっきの力はもう切れてると思う」


 カーミルと戦っている時の力の湧いてくる感覚はいつの間にかなくなっていた。


「わたしの今の魔力量だと無理かな。ドラゴンの姿になるのに全然足りない」


 クソ! ここまでなのか。

 せっかく生き延びたのに。

 谷から出る事なく死んでしまうのか。


「ごめんね」


「なんで、謝るんだよ――こっちこそごめん」


 自然と涙が出てきた。


 カーミルの方を見ると深紅の目から涙が出ていた。


 俺はカーミルの手を握った。

 カーミルはその手を強く握り返してきた。


 巨大蜘蛛の鋭い脚がカーミルに迫る――俺は咄嗟に覆い被さるようにかばった。


 カーミルの深紅の目が見開かれる。


 巨大蜘蛛の鋭い脚が俺の体を貫く。


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