第2話

「このあとってどうなるの?」


「どうって」


「その不審者の男の話」


「べつに。どうにもならないよ」


 「これって、大野くんのだよね?」そう言って差し出された茶色いノートをその手からふんだくると、僕は新村にいむらさんを素っ気なくあしらった。だれにも打ち明けたことのなかった胸の内を無遠慮にこじ開けられたような息苦しさに悶えながら、僕はひたすらにそれを悟られまいと、打ち震えそうになる体を足先に力を込めてかろうじて支えていた。


「ねえ、そこに出てくる小山内こやまうちくんってだれ? べつのクラスの友だち?」


 ああ。なんだってこの人は、こんなにもずけずけと他人の領分に踏み入ってくるのだろう。こんな人間だとは思いも寄らなかった。ほかのクラスメイトたちと慎ましく談笑する彼女は、少なくとももっと分別のある人物に思えたのに。


「いないよ」


「いない?」


「そんな人間はいない」


「現実には存在しないっていうこと?」


「そう」


「じゃあ彼はイマジナリイフレンドっていうやつ?」


「イマジナリ、なにそれ」


 頭にカアッと血が上ってゆくのが分かった。僕の顔は燃え盛る夏の太陽みたいに真っ赤に色づいていただろう。

 とっさに手もとのノートを開いて書き綴られたページのうち数枚を無造作に掴むと、力まかせに引き裂き、くしゃりと丸め、窓から投げ捨てた。新村さんのアッと息を呑む音が小さく床に転がった。それを足蹴にし、彼女には目もくれず、僕は足早に教室をあとにした。


「ごめんね」


 にべもない背中越しに彼女はたしかにそうつぶやいた。謝るくらいなら、はじめからしなければいいのに。見て見ぬフリすればいい。よっぽど僕がみじめじゃないか。

 それが新村さんとまともに交わした初めての会話だった。

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