第14話 読み手を振りまわす緩急の付け方

読み手を振りまわす緩急の付け方


 今回は添削の指摘に出てきた「緩急」がつかめないというご質問にお答え致します。



 すぐれた音楽は緩急で聴衆を操ります。

 ぐっと静かに聴かせたいときは、あえてテンポを緩やかにして、聴き入るようにいざないます。

 そしてアップテンポで聴衆の「楽しい」に火を点けて、一気に畳みかけて快楽のるつぼへと叩き落とします。

 この緩急自在なプレイこそ、ミュージシャンが一般大衆の支持を得るのに必要なのです。



 小説にも「緩急」はあります。

 それによって、読者を振りまわし、鎮魂であったり荘厳であったり、ゆったり静かに時に浸らせたいときは「緩やかな文章」で綴ります。

 そして事が起きたら、一気呵成に物語を展開して、読者を次の展開へと追い立てていくのです。


 では小説の「緩急」はどうやってつければよいのでしょうか。



 まず「急」のほうですが、これは文章の時間をどんどん進めていくことで作り出します。

 たとえば会話文の連続は、どんどん時間を進める行為です。しゃべっているのですから、それだけ時間が経っていると表現できるのです。

 地の文も、短くそして先へ先へと展開することで、平文よりも「急テンポ」で進んでいるのがわかります。



 では「緩」です。

 先に「急」をやりましたので、気づいた方がいると思います。


 そうです。「時の流れるスピードを遅くする」のが「緩」なのです。


 どういうことかというと、会話文の連続を避け、できればあまりしゃべらせず、地の文も一文が長くて状況説明や比喩を主にした文章を続けます。

 平文でこれをやると「くどい」と叱られるのですが、「緩急」をつけている場面においては、バランスが悪くても効果は抜群です。



 例文を考えてみます。

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 舞台袖で出番を待っている間、ペットボトルの水をちびちび飲み、大きく深呼吸し、滑舌を良くする「外郎売」の口上を「拙者親方と申すは」からしゃべってみるがどうにも落ち着かない。出番はまだ回ってこないのだが、心臓はすでに爆発寸前である。

 あまりに緊張しすぎて吐き気がしてきた。マネージャーが呼びかけているようだが、今は聞く耳を持てない。頭の中はぐちゃぐちゃで、冷静な思考を保てない。

────────

 「緩」の例文でした。


 この文を読むとわかるのは、これだけ書いてあるのに「時間」がそれほど経っていないのです。

 そのキモはなにか。

 まず会話文がありませんよね。

 会話文は強制的に時間を進めてしまいます。「急」を演出するのには向いているのですが、「緩」を表現したいときは、できるだけ会話文も地の文に巻き込んでしまうのが上策です。ここでは「拙者親方と申すは」は会話文なのですが、地の文に巻き込んでいます。

 こうすると時間があまり経っていない文章が生まれるのです。


 もちろん「急」の文章に対して緩やかであれば「緩」といえます。

 バトルシーンが続いている状態は「急」、途中でひと休みしていたりご近所さんが現れて「うるさくしないで」と注意したりする状態。相対的にペースが落ちるので「緩」になります。そして再びバトルが始まれば「急」です。

 これ、ジャッキー・チェン氏の映画そのままですね。彼の映画は変幻自在なカンフーシーンが見せ場なのですが、この「緩急」の付け方が抜群にうまい。真剣勝負中にふと動きが止まるシーンをあえて設けています。それが世界中にファンを生んだジャッキー・チェン氏の映画なのです。



 冒頭で例に挙げた「音楽」の「緩急」も、文章の緩急に通じるものがあります。

 ゆっくりゆったり表現すると「緩」のリズムを生み出すのです。

 そのため短文がヨシとされている小説の文章でも、あえて重文・複文を交えることで一文をゆっくりゆったり表現していけば、それだけ時間の流れが緩やかになり、ひいては「緩」のリズムを表現できます。


 音楽では「音を減らして長く弾く」ことで「緩」を表現します。

 小説では「文字を連ねて長く書く」ことで「緩」を表現します。


 つまり音楽は「疎」によって「緩」を表現しますが、小説は「密」によって「緩」を表現するのです。

 しかし「音を減らして長く書く」方法もなくはありません。

 「密」で「急」を表現していると、「疎」で「緩」が表現できるのです。

 ただ、これをやるにはかなり意図的な書き分けが必要で、凡人にはなかなかできるところではありません。

 動きではなく情景描写に徹すると、文字が少なくても時間はゆったりと流れていきます。人間の細々とした動きより、自然の雄大な動きのほうがゆっくりゆったりしていますよね。

 だからバトルシーンの合間に、テレビの天気予報が流れてきたら、いきなり「急」から「緩」へとテンポが切り替わります。このあたりはジャッキー・チェン氏の映画でよくある展開です。



 ひとつのものの表現をするとき単に「目覚まし時計が鳴った。」とすると短いのですぐに次の時間が迫ってきます。

 しかし「夢のまどろみを味わいつつ心地よさに浸っていると、どこからか目覚まし時計のアラームが聞こえてきた。」と書けば、同じ時間なのに3.5倍の文字数を費やせます。つまり同じ時間が3.5倍ゆっくりゆったりと流れているわけです。


 もちろん小説ですべての文章が「緩」で書かれていたら、文字数過多で読んでも読んでも先に進まないので、冒頭を読んだだけでブラウザバックされるのがオチでしょう。



 小説は「まず死体を転がせ」つまり「まず事件を起こせ」と言われていますが、これは「緩」で入ったらダメだということです。

 物語の始まりは「急」ピッチに事態が進展し、その過ぎゆく時の速さで読み手を翻弄するべきなのです。

 のんびりと「緩」のリズムで書いていたら、読み手は「つまらない」と感じかねません。


 とはいえ「冒頭から会話文の応酬をしろ」というわけではありません。

 一文を短くして畳みかける。そうしてどんどん時間を先へと進めて行くべきなのです。


 そして一段落ついたら、「緩」のリズムで状況説明を始めてください。

 全編「急」ピッチでは読み手が疲れてしまいますし、物語の情報は多くが欠落してしまうのです。

 難しいのは物語に必要な情報を「緩」と「急」のリズムで巧みに織り込んでいく手腕です。


 書き手は、地の文を書くのが得意な人と、会話文を書くのが得意な人に大きく分けられます。

 「緩」が得意な人は、放っておいても「緩」テンポで文章を書きますから、課題は「急」テンポの書き方をマスターすることです。

 「急」が得意な人も、会話文の畳みかけで話をどんどん先に進め、またシーンを効果的に飛ばして時間がどんどん先へと進めていきます。


 これができるようになれば、あなたも「緩急」マスターになれますよ。

 カンフーマスターのように。


 似ていますね。「緩急マスター」と「カンフーマスター」……。

 お後がよろしいようで。



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