第10話 どこまで描写すればよいのか?
どこまで描写すればよいのか?
とくに一人称視点の小説では、どこまで描写すればよいのか、決めづらいところがあります。
たとえば、主人公がすでに知っていることをつらつらと書いてもおかしな形になります。
以前お話しましたが、すでに知っていることを改めて意識する人はまずいません。
いつも目玉焼きにソースをかけて食べている主人公が、目玉焼きを焼きながら、
「醤油の人もいるしケチャップの人もいる。単に塩コショウだけの人もいる。だが私はやっぱり断然ソース派なのだ。スパイシーでコクのあるソースにまさるものはない。」
なんて考えるでしょうか。
毎日ソースをかけて食べているのなら、書いても、
「目玉焼きにはやっぱりソース。」「目玉焼きにソースをかけないのは邪道だ。」
くらいなものです。
いつもと違う場合は、描写をしなければかえって不自然です。
「なにかがおかしい。どこがと問われても即答はできないのだが。辞書と参考書が並ぶ机の上に朧げながら生き物の影が見えるのだ。」
あえて「辞書と参考書が並ぶ」と書きましたが、本来なら既知のことなので書かなくてよい。ですが「なにかがおかしい」わけですから「いつも」と「なにかがおかしい」今との違いを出すために、あえて「いつも」を書く手法もあるのです。
初めての場所に来たら、人間誰しも周囲を見渡して状況を把握しようとします。
テレビ番組で「路線バスの旅」などをやっていますが、初めて行く場所でも周囲を確認せずに歩いていたりするんですよね。あれは明らかにおかしいのです。
人間は未知をひじょうに恐れるように出来ています。
どこになにがあって、自分は今どういう状況に置かれているのか。
これを知らなければ、いつどこでなにが起きて命を危険に晒すかわからない。
未知を知ろうとするのは生存本能の為せる業なのです。
たとえば「あなたの自室の様子を書いてください」とお題を出されると、途端に書けなくなります。
なにを書いてよいのか、さっぱり思い浮かばないのです。
しかし「友人の○○さんの部屋の様子を書いてください」と言われれば、書きたいものがスラスラと出てきます。初めて訪れたので、書くものにあふれているからです。
このように自室を細かく描写するのは「一人称視点」ではひじょうにおかしい。
では「三人称視点」ならどうでしょう。
赤の他人が主人公の部屋を見ているようなものなので、やはり書くものにあふれているはずです。これで書くものがないのであれば、意識が「一人称視点」のままといってよいでしょう。
「一人称視点」では主人公が既知の情報を描写するのはおかしい。未知の情報は必ず描写しないとおかしいのです。
では、主人公はどこまで知っていて、どこまで知らないのか。
それをどう決めればよいのかわかりづらいですよね。
そこで考えられるのが「ちゃぶ台」です。
少し前の日本人なら、それが「床に置くテーブル」であるとわかっています。
現代人はアニメ『巨人の星』『サザエさん』で観たことがある程度かもしれません。
つまり主人公にとって「ちゃぶ台」はいつも使っているので、どういうものかを改めて書く必要がない。あえて書くと白々しくなります。
しかし知人が訪ねてきて、壁に「ちゃぶ台」が立てかけてあったら「これはなに?」と思うはずです。その疑問に答えて「これは床に置くテーブルなんだ」と語るのは理に適っています。
なにかに見立てる
物事をつぶさに描写しようとするとき、ぜひ使いたいのが「見立て」つまり「たとえ」「比喩」です。
ボーリングの玉を見たことがない田舎の人は「重い玉になぜか三つの穴が空いている」というだけではなかなかわかりづらい。しかし「スイカのように丸くて重い玉に、なぜかキツツキがつついたような穴が三つ空いている」のように、知っているものに「見立て」「たとえ」て表記すると、よりリアルな認識になります。
人間は、未知なものを見ると「なにかに似ている」「まるで○○のようだ」という感想をまず覚えます。これは分類することで「知っている」ものにリンクさせて安心したいからです。
この「見立て」「たとえ」は、今書いたように「未知」のものには働かないとおかしく、「既知」のものに働くとまわりくどい表現になります。
だって「既知」なら「スイカのように丸くて重い玉に、なぜかキツツキがつついたような穴が三つ空いている」と書かずに「ボーリング玉だ」とだけ書けばよいのですから。
「見立て」「たとえ」は「見たことのない人」「聞いたことのない人」「触れたことのない人」が使うべきです。「見たことがある」「聞いたことがある」「触れたことがある」のに「見立て」「たとえ」を使う必要性はありません。
どんなに流麗な文章で描写ができても、必要のない文を書いたら減点です。
そこで問題となるのが「主人公は知っているが、読み手が知らないもの」についてです。
主人公には「既知」なので、それを描写するのはおかしい。
この理屈はわかりますよね。
では主人公に入り込んで物語を追体験している「読み手が知らないもの」をどう描写すればよいのでしょうか。
読み手が知らなければ
いちばん簡単なのは「主人公も知らない」設定にすること。
実はこれ「異世界転生ファンタジー」ではお決まりの設定です。
主人公は「元現実世界人」で、異世界のことなんてさっぱりわからない。
だから見るもの聞くものすべて初めてで、誰かから説明されて世界観を理解していく、という流れ。
小説投稿サイトで「異世界転生ファンタジー」がブームになったのも、「読み手が知らないもの」を「主人公も知らないもの」にして描写しようとする計算が働いていると見るのが妥当でしょう。
ここでは「主人公も知らない」へ逃げずに正面から捉えてみます。
「主人公は知っているもの」で「読み手が知らないもの」を描写するなら、知らない人を周りに置く、という手がまず考えられます。
タツノオトシゴのような外見のドラゴンがいたとして、その存在を「主人公は知っている」。でも「読み手が知らないもの」なので、なんとか描写しないとなりません。
ですが「主人公は知っている」ので「目の前にタツノオトシゴのような外見のドラゴンが立ちはだかっている。」と描写すると、主人公からは変な話なのです。
でも仲間がその存在を知らなければ「なんだ、このタツノオトシゴみたいな大きな生物は!」と仲間が驚いて、「やつはドラゴンの一種、タツノドラゴンだ」と主人公に言わせる。
これで主人公が「既知」でも読み手へつぶさに説明できるのです。
でも単独行動の冒険者が主人公だったら、この手は使えませんよね。
通りすがりの一般人が都度登場して「○○みたいなこいつはなんなんだ!」とするのも芸がない。まるで『水戸黄門』のリプレイです。
なにも知らないお供の者を引き連れず、通りすがりの一般人を出さずに、「主人公は知っているもの」で「読み手が知らないもの」を描写するにはどうすればよいのか。
なにか基準があると書けるかもしれません。
たとえば「遠くから見ると○○に見える。もしかして△△か?」という流れ。
「遠くから見るとタツノオトシゴに見える。もしかしてタツノドラゴンか?」
これなら主人公が判断する流れを追うだけで、自然と「主人公は知っているもの」で「読み手が知らないもの」を説明できます。
この手は遠目の利く主人公である必要がありますし、不意討ちを食らったら使えないだろうと思われる手段ではあります。
ただ「不意討ちを食らった」ら、どんなものに襲われているのかを瞬時に判断するため、未知の敵をつぶさに観察しますから、「主人公は知っているもの」であっても、理解するまでの思考の流れを読み手と共有でき、結果的に説明できるのです。
遠目が利かない主人公だったら
もし遠目が利かない主人公だったら。
どんどんお題が難しくなっていきますね。
それなら近づきながら「あれ? なにかいるな。茶色いようだけど……」「なんだ? 急に大きくなったぞ」「あ! あれは熊か!! まずい、全力なら逃げ切れるか?!」
のように、遠目が利かないなら、判断できるまで近寄ろうとしますよね。本当に危険かもしれなければ、そもそも近寄らずに離れようとしますから、知る必要もありません。
結局どう書けばよいのか
主人公の属性によって、遠目が利くか利かないか、知識があるかないか。楽観的か悲観的か。男性か女性かだけでもかなりの書き分けはできます。
「主人公は知っているもの」で「読み手が知らないもの」を描写するラインが見えてきたでしょうか。
「主人公は知っているもの」を書くのは蛇足。
「読み手が知らないもの」は書かなければ説明不足。
いかにして主人公が知り、読み手が知らないものを描写するのか。
唯一絶対の法則はありません。
小説で唯一絶対の法則があるのだとすれば、「主人公が知っているものは詳しく書くな」「読み手が知らないものは必ず書け」しかありません。
それを実行レベルでどうするのか。その工夫の余地はあるはずです。
「見立て」「たとえ」「比喩」は主人公も知らないかぎり使えない。
「知らない人」を側に置いて説明させる手はありますが、いつもそうだと白けます。
「遠目が利く人」「利かない人」によって少しずつ説明させる手もあります。
工夫の手段は他にもあるでしょう。
それを知るために、「異世界転生ファンタジー」「異世界転移ファンタジー」以外の小説を何冊も読むべきです。まあミステリーだと難しいので、転生でも転移でもない普通の「異世界ファンタジー」でかまいません。
「主人公は知っているもの」で「読み手が知らないもの」をどう描写しているのか、工夫を意識して読み込んでみましょう。
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