第15話 子猫のいる生活
車の前に来た時突然、後ろから『キャー』という悲鳴が聞こえた。
俺は振り向くと少し先から野球帽をかぶった人が走ってくる、手に何か持って前に構えていた、よく見ると包丁のようなものだった。
俺はとっさに茶羽と黒羽を左右に突き飛ばす、その瞬間男は俺にぶつかってきた。
お腹に鈍い痛みを感じ視線を下げるとぶつかってきた人が持っていた包丁が刺さっていた。
「うっ、なにを」
「俺の楽しみとエンジェルを奪ったお前に対する天罰だ。」
ぶつかってきたのは若い男だった、そしてわけのわからないことを叫びながら俺の事を睨みつけていた。
辺りで叫んだり助けを呼ぶ声が聞こえて、視界の端に警備員が数人走ってくるのが見えた。
茶羽と黒羽を見ると座ったまま目を見開いて俺の事を見ている。
痛みで朦朧として来て、俺は立っているのもつらくなり座ろうとすると駆け付けたであろう警備員に支えられ寝かされる。
茶羽と黒羽も俺に近づいてきて腕にしがみついてきた、その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
どこかで俺を刺した男の笑う声と数人の男性の怒鳴り声、あとは悲鳴のようなものと救急車はまだかと怒鳴っている声が聞こえてきた。
茶羽と黒羽も泣きながら俺の名前を叫んでいる。
遠くで救急車のサイレンが聞こえてきたころ、刺された痛みが麻痺したのか痛みがなくなってきてそれから意識が遠のいていく。
『あぁ、俺はもうダメなのか、茶羽、黒羽、ごめんな』
真っ暗で何も見えず感覚もない中、どこか遠くで猫の鳴く声が聞こえていた、しばらくして猫の鳴き声が聞こえなくなると、痛みで目が覚める。
目を開けると知らない天井、目線をずらすとそこには健治と香織がいた、二人は目に涙をためていて、俺が目を開けたことを確認して健治はどこかに走っていく。
すぐ健治と白衣を着た男性が来る。
そこでショッピングモールの駐車場で刺されたことを思い出す、『あぁ、ここは病院なんだな』と思考も徐々に戻ってくる。
起き上がろうとすると健治と白衣の男性に止められる。
そこで俺は茶羽と黒羽が居ないことに気づく。
「茶羽と黒羽は・・・」
「大丈夫だから今はしゃべるな、いいな。」
俺の言葉を遮るように健治は大丈夫だと言う、だが香織は下を向いたままだった。
それを見た俺は茶羽と黒羽に何かあったんじゃないかと思った。
「茶羽と黒羽をここに・・・」
「しゃべるなって言ってんだろ、二人は大丈夫だから、俺を信じろ。」
俺の言葉を遮り健治がそう言うので俺は頷いて天井を見る、しばらくすると眠くなってくる、そして俺は眠りについた。
夢の中に茶羽と黒羽が出てきた、二人はずっとこっちを見て何か言っている、だけど何も聞こえない。
口の動きを見ると、『おとうさん・・・・・・ありがとう』途中の言葉はよくわからなかったが、そう言っているように見えた。
俺も喋ろうとするのだが声が出ない、必死に二人に近づこうとしても動かない。
どういうことかと考えるが何も思いつかない、聞こえないし声も出ないそして動けない、そんな状態に苛立ちを覚えこの状況に怒りを覚える。
しばらくして二人が徐々に消えてゆく。
俺は茶羽と黒羽に近づくことも声をかける事も出来ずにただ消えていくのを見ているしかなかった、そして二人が消えた場所には最初からそれしかなかったかのように帽子だけが残されていた、その帽子に近づこうとしても動けない、『何なんだよこれは!!』そう思った瞬間、俺は目が覚める。
目が覚めると、あれだけ痛かったお腹の痛みが無くなっている。
視線の先にある天井は寝る前に見ていた病院の天井、部屋は電気が消えていてうす暗かった、視線をずらしてみても周りに誰もいない、ドアのガラスから廊下の明かりだけが漏れていた。
俺は起き上がり窓の外を見ると真っ暗で今は夜だと分かる。
そこでふと思い出し、『そうだ俺は刺されたんだ』と自分の腹を確認するも刺された跡すらなくなっていた。
何がどうなっているのかわからなく、冷静になれと自分に言い聞かせて起こったことを思い出していく。
茶羽と黒羽とショッピングモールに行った、いつもの和食屋で焼き魚定食を食べて、オーナーさんのお店で帽子を受け取り、帰る際駐車場で包丁を持った男に刺された、そしてたぶん今いるこの病院に運ばれた、そこで一度目を覚ましたが、薬の影響かすぐに眠りについてあの夢を見た。
そこまで思い出した。
あの夢は何だったんだ?茶羽と黒羽は何が言いたかったんだ?
そう思った途端に茶羽と黒羽に会いたいという気持ちが強くなる。
そしてベットから出ようとすると、ベットの脇に何かが置いてあるのに気づく、それを見てはっとする、茶羽と黒羽の帽子だ、ここにあるという事はここに居たのだろう。
そしてまた先ほど見た夢の光景を思い出す。
無意識に俺の口から言葉が出た。
「茶羽、黒羽、会いたい」
そう呟く次の瞬間、突然病室の扉が開く、そこには二人の影がたっていた、廊下の明かりで逆光になっていて顔は確認できなかったが、そのシルエットは俺が知っている間違えようのない者だった。
「茶羽、黒羽、」
「「・・・!?」」
俺の声に入り口に立っていた二人は飼い主を見つけた猫のように俺の胸に飛び込んできた。
「茶羽、黒羽、心配かけてごめんな。」
そう言い二人の頭をなでると茶羽と黒羽は大きな声で鳴きだす。
その声を聞きつけてか看護士さんが病室に飛び込んでくる、そして俺と茶羽と黒羽を見ると慌てて走っていく。
すぐに白衣を着た男性を連れてくる、男性にこの病院の医者だと説明されて、俺のお腹の傷を確認すると驚いて目を見開いていた。
それもそうだ刺された傷が跡形も無くなっているんだから。
「なにが起こったんだ?傷が綺麗に治っている!
それにこの子達は・・・」
そこまで言うと医者は黙ってしまった。
俺も何が起こったか分からないとしか答えれなかった。
視線をずらすと涙を流しながらも笑顔を見せる茶羽と黒羽が居た。
翌日色々な検査をして、もう一晩病院に泊まり、検査の結果どこも異常がないことが分かり、俺は退院することになった。
医者も俺も、退院の手伝いに来た健治と香織も、何が何だか分からないといった状況だった。
それでも医者や健治たちは退院を祝福してくれた。
病院を出ると、健治が入り口まで車を回してくれていたので乗ると茶羽と黒羽が笑顔で、
「「おとうさんおかえり」」
と言ってきた。
「あぁ、ただいま」
そう言うと健治は車を出し俺の家に向かった。
家の玄関を開けると家の中は出かけた時のまま変わらなかった。
健治と香織は念のためと一晩泊まって朝に帰っていった。
俺と茶羽と黒羽は二人を見送ると、家の中に戻っていく。
そして、いつもの朝、いつものお手伝い、いつもの勉強。
いつも家の中に響いている茶羽と黒羽と俺の笑い合う声、二人が走り回る足音。
いつもの日常が今日も過ぎていく。
いつまでもいつまでも・・・
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