令和4年2月28日
ラジオ体操風カードの最後の日が来た。私は今日も閉店ぎりぎりにスタンドに寄った。オオガさんは私からタンブラーを受け取りながらポットに手を伸ばした。
どうもあのステンレスのポットには、3、4杯分のお湯しか入らないみたい。タイミングによっては新しくお湯を沸かしてもらうことになるので、待ち時間が増える。逆に、ほかの人のときに沸かしたお湯がまだ残っていれば、オオガさんはものの1分もかからずに受け取りから引き渡しまで全部を終えてしまう。意外と手際が良いのだ。
女子高生がわざわざ4人集まってから揃って注文し、待ち時間中店主をかわるがわる質問攻めにしてるのにも出くわしたことがある。オオガさんは、とにかく共通話題に飢えている高校生グループにとってはちょうどいいんだと思う、顔は良いので。芸能人レベルかというと芸能人を生で見たことがないのでわからないのだが、ちょっとした読モくらいは全然やったことありそうな感じ。
でもあの女子高生たち、オオガさんのいるブースの床が実は路面より10センチくらい高くなってるの、知らないんじゃないかな。
オオガさんの事務所に行った日、帰りに社長の奥さんとお茶をした。奥さんは、ケーキの周りのフィルムをフォークで巻き取りながら「どうだった?」と聞いてきた。私が「何がですか」と聞くと、奥さんはアハハと笑って「ふみあきくんよぉ」と答えた。
ああ、そういうことか。ある年代以上の女性は、ものすごくナチュラルに、女子とは彼氏ひいては結婚相手を求めてるものだと思っている人が多い。だから、独身の男女をものすごく善意で引き合わせようとする。
まともな人を紹介してくれるのは悪く思われていない証拠だ。そういう意味ではありがたい。でも、申し訳ないけど余計なお世話なのだ。
彼氏というやつ。作ってみればわかるかと思って付き合った人はいるけど、どれも半年保たなかった。
やっぱり私にはわからない。そんなこと言うと強がりだ言い訳だと言われるのが目に見えてるから、つい「募集中です」なんて言っちゃうけど、実はたぶん私、本当にいらないのだ。彼氏が。
奥さんは朗らかな人だ。ちょっと無神経なんじゃないかと思うこともあるけど、どっちかといわなくても私は大好きである。私の同級生、
このおばさんは、その樹里のお母さんだ。だから、もしかしたらわかってくれるかも。私は前のめりに見えないように慎重に、言ってみた。
「実は彼氏ほしいと思ったことないんですよね」
おばさんは、そうなの? と少し身を乗り出しつつ、ケーキにフォークを入れた。私は続けた。
「仲良くしてた子はいて。私この人好きかもとか思ってたんですけど。そいつが、彼女できたって報告してきたとき私全然悔しくなくて、よかったね〜としか思えなくて。そういうのってたぶんフツーの恋愛とは違うじゃないですか。それで、あっ私恋人とか要らないタイプかもって」
私にはそもそも「フツーの」恋愛がどんなのかさえわからない。友達の相談受けたり、ドラマ見たりして、たぶんこういうのだなって想像してるだけ。
でも、おばさんは私のその「フツー」は否定せず、コーヒーを一口飲み、神妙な顔で言った。
「それはね、ちえりちゃん。まだ本当に好きな人に出会ってないだけよ」
がっかりはしなかった。そう言うだろうなと思っていたので。私は曖昧に笑いながら「ですよね」と返事をした。
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