令和4年2月26日
この時期、私の会社はほぼ休みなしである。春から大学生になる子たちが部屋を見に来るからだ。確かにネットの情報だけでも地域の雰囲気なんかもある程度はわかるけど、やっぱり実際来て見て感じられることは、どんなに高画質な動画から得られる情報よりも濃い、と思う。
成約数を考えるなら言わないほうが良さそうでも、自分とあまり年の違わない子たちの門出はできるだけ順風満帆で送り出してあげたい。そんなわけで、特に女の子をアパートに案内するときは、私は少し口数が増える。ゴミ捨て場見ると地域の雰囲気なんとなくわかりますよね〜、なんて話をすると大体、当の本人よりも親御さんが真剣な目つきになる。
お部屋の中がきれいなことと同じくらい、お部屋の外のことも大事だ。
……とまあ、とにもかくにも忙しいので、私は今月はオオガさんに会社に寄ってもらうことにした。あのコーヒースタンドのカードを作っているのは、実は私だ。毎月最後の週末にオオガさんに渡している。
社名の入った銀色の軽を会社の前につけ、お客さんには先に降りてもらう。ご相談と契約手続きは先輩に任せ、私は車を駐車場まで持っていった。
会社の前には3台分の駐車スペースがあって、その左端はいつもこの社用車を置いている。でも、この時期はお客さんのために駐車場はひとつでも多く空けておきたいから、社用車は少し離れたところにある社長の家の駐車場に停めることになっていた。社長のお高い車の隣にバックで慎重に駐車して、私は車を降りた。ここから会社までは歩いて10分弱くらい。
今日は久しぶりに暖かい。会社の看板が見えるようになるころ、社用車のスペースに濃いグレーの大きめのハッチバックが駐められているのが見えた。あの税理士事務所の裏手にある駐車場を平日だけ借りている、オオガさんの車だ。私は慌てて会社まで走った。
オオガさんは、いろいろあってインスタントコーヒーを大量消費しなければならないくせに自分はコーヒーが飲めない。正確には、インスタントと缶コーヒーがダメらしい。
去年、あの税理士事務所の一角に積まれたインスタントコーヒーの山を賞味期限順に並べながらオオガさんは言った。「でも、ちゃんとドリップしたやつだったら1日3杯までなら大丈夫だから」と。オーバーサイズのマウンテンパーカーとスキニーのブラックデニムという、もしわざとであればかなりあざとい(と私は思う)出立ちのオオガさんの、その自慢とも言い訳ともつかない発言に私は「そうなんですね」と相槌を打ちながら、この人を「
そのときと似たような格好で、オオガさんは今日は、会社の壁に貼ってある賃貸物件の情報を見上げていた。
私は、待たせたことを詫びながら自分のデスクに戻り、鞄を入れている一番下の引き出しを開けた。バレンタインにチョコを買ったとき、可愛いビニール袋をもらったので、今回の納品にはその袋を流用した。私はオオガさんのところに戻り、袋を渡しながら聞いた。
「数これで足りますか?」
オオガさんは中を確認し、袋ごと中身をしならせて枚数を数え、たぶんね、と答えた。
「自分の分は? 取った?」
オオガさんが聞いてきたので、私はしっかり頷いた。
「ばっちりです。今回は自信作です」
「前回のも結構好評だったよ」
「でもちょっと大きすぎたと思うんですよね。財布に入らないの、意外に不便で」
「何回も『ラジオ体操みたい』って言われたよ……」
オオガさんは背中のメッセンジャーバッグを手元まで回してきて、下を向いたまま半笑いでそう言いながら、3月の出席カードをしまった。
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