3/「私」、24歳、事務職

令和4年2月24日

 このコーヒースタンド(が間借りしている税理士事務所)は、私の会社の管理物件だ。


 私は一昨年、大学を卒業した後地元に戻って、不動産を扱う会社に就職した。不動産といってもいわゆるデベロッパーみたいなかっこいいやつではなく、地域密着の、家族経営にちょっと毛が生えたくらいの小さな会社だ。物件の売買仲介もやっているけど、アパートやビルの賃貸管理がメインの業務で、私もそちらに配属された。簡単な研修はあったけど、基本はOJT。

 私にまず任されたのは、家賃の滞納をしている人への督促事務だった。毎月の支払日に支払いのない人をチェックして、すでに延滞がある人は新しい滞納分をこれまでのに加算して、督促用の請求書を作って各物件のポストに入れるか郵送する。もちろん電話もするけど、たまたま支払いを忘れていたり口座残高がうっかり足りなかった、みたいな人以外では電話をとってくれるほうがまれだ。つながっても延々と言い訳をされたり、なぜかこちらが人でなしのように言われたりする。たまに知り合いに当たることもあって、正直つらい。

 ただ、会社自体には全然不満はない。この仕事で一番大変なのは、私が思うに「直接家に行って直談判をすること」なのだけど、会社はそれを私には求めなかった。私が女で、新米で、しかもチビだからだと思う。私より少し前に入った男の子は、私が作った対応状況リストを定期的に確認し、行ってきますと言って出掛けてってはほぼ毎回げんなりした顔で帰社してきていたけど、私はそれをなんとなく他人事のように眺めていた。


 それで許されてラッキー、と感じてたころもあったのだけど。

 大体のことは聞かずにできるようになって日が経ち、私はだんだん、このままじゃいかんのじゃないかと思い始めた。大事にしてくれるのは嬉しいけど、それに甘んじていると役立たずだと思われそうでイヤだった。そこで。


 私は、それまでほぼアナログ作業だった滞納管理について、賃料の入る口座に設定したオンライン取引とうまく連携させることでかなりの部分を自動化できないか、と考えた。それなら計算ミスもない。ネットの漫画広告とかでは、新米の発案なんか無視されるみたいな社会人ストーリーをよく見るけど、この会社、実は私の同級生の実家でもあり。私が社長の奥さんに「やってみたい」と話したところ、奥さんが社長に提案してくれた。

 私は張り切った。そして思ったとおりのものができた。社長は私の作った使い方マニュアルを、ニコニコしながら見てくれた。友達のお父さんをこう言うのもなんだが、この人がまたかわいいおじさんなので、私も嬉しくなってしまう。

 お局様的な人が現れて「新米のくせに出しゃばるな」とか言ってくる展開も妄想したけど、この会社そんな人誰もいなかった。ここはいい会社だ。私は自信をつけた。


 自信をつけたからこそ私は、私に任されない業務のことについて、生意気にも「みくびられているんじゃないか」と思うようになった。私はできる。多分できる。

 そんなこんなで去年、私は年明け早々に、督促に同行したいです、と言った。そして私を待ち構えていたのが、あの分からず屋の税理士のおじいちゃんだった。

 なんとも言えない、昭和感のある名前の事務所。あのおじいちゃん税理士は、今はもう事務所にいない。


 閉店間際の朝8時半過ぎ。私はその事務所の一角に作られたコーヒースタンドで、大きめのカードを渡して、薄めのコーヒーをもらっている。

 この人はオオガさん。大きな神さまと書いてオオガさんと読む。おじいちゃん税理士のお孫さんであり、私が、家族と会社の人以外では初めて名刺を交換した人である。

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