令和4年2月22日
昨晩帰宅後さおりに、フミさんに渡したメモのことを聞いてみた。結構勇気を出して聞いたけど、さおりは揚げ物をしながら何の戸惑いもなく「久々に会えてうれしかった、かずちをよろしく的なこと書いた」と答えてくれた。
俺はひとまず安堵したが、となると今度はなんでフミさんが見せたがらなかったのかが俄然気になる。ほかには? と問い重ねるとさおりは少し考え、それから菜箸を鉛筆のように持ち替えて「なんだったかなあ」と言いながら空中に文字を書くような動作をし、ちょっと唸ってから答えた。
「相変わらず顔面偏差値が高くて眼福的なこと書いた気がする」
「それだわ」
「なにが?」
俺はそれには答えず、持って帰ってきた空のタンブラーをシンクに置き、鍋の中をのぞき込んでから「洗い物していい?」と聞いた。油に水がはねたら危ないので。
晩飯のおかずは唐揚げだった。
中二で転入して即漫画みたいな鮮烈デビューを果たしたフミさんは、頭も顔もいいわ喋りは朴訥で無表情だわというキャラが学年の一部界隈に大受けした。その結果、詳しい経緯は隣のクラスのとある女子の名誉のために伏せるが、フミさんは理解不能の好意や褒め言葉を死ぬほど気色悪がるようになった。そのあたりもともと結構潔癖なタイプだったみたいだけど、知らないアニメのキャラになぞらえられたのは特別堪えたっぽい(たぶんその女子にとってもかなりの黒歴史)。
なのに当時でさえ、フミさんはその嫌悪感を顔には出さなかったのである。生来そういうヒトである以上、フミさんは大人になってからもキャラ変はなく、俺の知る限り今の接客さえずっと無愛想だ。そういうフミさんを俺は失礼ながら、なんか素人っぽいなと思って見ていた。俺はプロの営業なので。
それでだと思う。俺はどうやら昨日、フミさんに不機嫌な顔をされたことに、自分で思った以上にショックを受けていたらしい。布団に入って寝返りを打った瞬間、これまでフミさんが顔に出さないのを都合良くとらえてただけで、実は結構嫌がられることやってきたんじゃないかと突然思いついてしまった。
そうするともう不安が止まらない。これまでのあれこれも嫌がられてたんじゃないか、実は俺嫌われてたんじゃないかと思い始めて、いても立ってもいられなくなった。次会ったらとにかく謝ろうとか、でも俺謝るようなことしたか? わかりにくいフミさんにも非があるんじゃないか? とか、そんなこんなでイライラしてるうちに朝が来て、上の空で朝飯を食い、出がけにさおりからタンブラーを渡され、思考停止状態で歩いてきて今に至るのである。
俺はフミさんに渡す前にタンブラーの蓋を開け、中にメモがないのを確認した。それから俺はフミさんにタンブラーの本体だけを渡した。なんか言おうと思ったけど、何から言えばいいのかよくわからなくて無言になってしまい、未だに口を開くきっかけがない。
お湯の沸いた音がして、フミさんがポットを取り上げながら俺をチラ見した。それからフミさんは、ビーカーにお湯を注ぎながら俺に「寝不足?」と聞いてきた。最初のおはよう以外では今日の初発言である。俺は慌てて、ああ、とか、うん、とかが変な具合に混ざった「んぁう」みたいな返事をし、自分で笑ってしまった。
フミさんは、それに対してなのかわからないけど、こっちを見ないまま、ちょっとニヤつきながらビーカーの中身を混ぜ、それを注いだタンブラーを俺に返して寄越した。
俺はおとなしくそれを受け取り蓋をして、ありがと、とだけ言って店先を辞した。
バス停でゆうやを待ちながらコーヒーを啜った。
タンブラーだと冷えにくいのに配慮してか、フミさんは今日は中身を飲みやすい温度に冷ましてくれていた。でも、今日のはかつてフミさんのじいさんが振る舞ってくれたのと同じでやばいくらい濃くて、俺はちょっとむせた。
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