令和4年2月17日

 今朝は特別冷え込むというので、気を利かせた嫁さんが保温タンブラーにお茶を準備してくれていた。嫁さんは中高の同級生で、大学は別だったけど、卒業して同窓会で意気投合して……みたいな、我ながらコテコテのなれそめ。

 中学が一緒だったから、嫁さんもフミさんのことはもちろん知っている。知っているので、タンブラーを渡された俺がちょっと狼狽えているのを見て嫁さんは「バス停に着くまでに飲み終えられるくらいしか入れてない」と言った。空にして、コーヒーもこれに入れてもらえばいいじゃんというのだ。素晴らしい。


 とは言え、お茶は熱くて結局俺はフミさんとこに着くまでに空にすることができなかった。こういう詰めの甘いところも全然嫌いじゃない。

 俺はことの次第をフミさんに話し、店先でお茶を飲みきらせてもらうことにした。冷ますために蓋を取ったら、湯気は思ったより広がった。


 俺はほかほかのタンブラーをちゃぷちゃぷいわせながら車道寄りの街路樹の横に陣取り、店の方に向き直った。

 俺がそこでお茶を飲んでいると、バス停側から女性2人組が歩いてきた。見たところ、新米社会人とその親みたいな感じ。2人はそれぞれ、缶コーヒーみたいな、そんな小さいのある? ってくらいの保温水筒を鞄から取り出し、カードと一緒にフミさんに渡した。色違いのお揃いのようだった。

 フミさんはそれを受け取って中身を注ぐと、娘には蓋と水筒を別々のまま、母親の方には蓋を締めて渡した。娘の方は鞄からスティックシュガーを取り出して封を切り、水筒の中にひっくり返した。そういえばこの店、砂糖もミルクも用意がないな。ブラックしか飲まないから気が付かなかった。2人はフミさんに礼を言い、仲良く並んでバス停とは反対方向に歩いていった。

 俺はフミさんが俺の知らない客にも普通に応対しているのを見て、なんでかちょっと、あれっ、と思った。でも、考えれば俺だって、フミさんの知らない客にも車を売っているはずだし。むしろそっちの方が多いはずだし。


 俺がよくわからない違和感を最後の一口と一緒に飲み干したころ、ゆうやが来た。ゆうやは俺に「おはようございます」と言い、それからフミさんにカードを渡した。フミさんには挨拶せんのかい。

 俺は歩道の端を離れてカウンターでゆうやの横に並ぶと、フミさんにカードとタンブラーを渡しながら「ねえフミさん」と言った。

 ゆうやがこっちを見てくる。どうだ、俺は店主の名前を知っているのだ。

 フミさんは、ペットボトルを開けて水をポットに注ぎなから「なに」と応えた。こっちを見もしないけど、そういうやつよね。

「この店名前あるの」

「あるよ。あれこれの申請に屋号要求されたし」

「あ、そうか」

 俺は税理士事務所の出入り口側にイソイソ移動してガラス越しに中を見た。フミさんのいるブースの内側には許可証っぽいものがなかったから、こっちだなと思ったのだ。案の定だった。

 カウンターの前でそわついた顔で俺を見ているゆうやを、俺は手招きした。ゆうやが来たので、俺は営業許可証を指差してやった。店名はもちろん、フミさんのフルネームもばっちり書いてある。

 ゆうやは必死に目を細め、店名を読み上げた。

「……インスタントコーヒーを……出すところ」


 呆然としているゆうやの向こうで、お湯の沸いた音が妙に元気いっぱいに響いた。

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