令和4年2月15日

 昨日、もらった直後にバスの中で観察したところ、そのカードはどうやら何かシンプルなカレンダーを切り抜いて、それをコピーして作ってあるみたいだった。カードがやたらでかいのは多分カレンダーのサイズに合わせたせいだな、と思いながら顔を上げると、少し前の席に座っていたノリさんが最後の一口をあおったところだった。


 そして今日。お店は休みだった。これはカードのカレンダーでも指定があったので、昨日の時点で把握済み。

 ノリさんとはバス停で挨拶したあと、お店休みですねなんて話しただけで、その後はお互いスマホを見ていて会話のないままバスが来た。乗り込み、いつもの席に座ると僕はもう一度カードを見た。カレンダーには、昨日の朝書き込まれた大きなバツのほかにもバツ印がついている。主に土日や祝日だけれど、今日みたいな平日にも数個。あのお店の正しい「システム」はどうやら、一度千円を払えばその月の営業日は一日一杯無料というものらしい。でも、それだけの内容を「1000/今月」という小さい文字だけで理解させるのは無理がないだろうか。

 それ以外にカードに書いてあるのは「0730~0845」と、僕が自分で書き込んだ「ゆうや」くらいだ。朝の7時半から9時前までしか開いていないのはわかったけど、やっぱりお店の名前はなかった。


 僕は帰りのバスの中で、もう一度あの税理士事務所の名前と今度は「コーヒー」を追加して検索してみたけれど、めぼしい情報は見つからなかった。「りぼん」さんが投稿した「おしゃべり好きで親切なおじいちゃん先生です。ただし、出してくれるコーヒーはインスタントでかなり濃いのでお腹の弱い人は気をつけてください」という、最後に笑顔の絵文字がついた古いクチコミを見つけたくらいで。

 いつものバス停に近づいたので僕は降車ボタンを押し、料金端末にスマホをかざしてバスを降りた。一緒に降りた2人は、僕とは反対方向に歩いていった。

 

 僕は鞄を背負い直し、お尻のポケットにスマホを押し込んで踏み出した。

 事務所の前に、歩道に乗り上げるようにして車が停まっている。この間の不動産屋さんの軽自動車よりだいぶ大きい、暗い色のSUV。しかも外車だ。

 もしかしたら税理士さんの関係者かなと思い、僕は少し歩調を緩めながら、掃き出し窓ごしの事務所の中を見た。


 電気がついている。本棚の前にワイシャツの人がいた。ジャケットは手前のソファに放り出してある。いつもと違う格好だからわかりにくいけど、多分あの店主だ。肩と耳の間に無理矢理スマホを挟み、棚から水色のファイルを取り出しては表紙や中身を確かめ、戻したりそのまま小脇に挟んだり。こちらに背を向けているから僕には気づかない。スピーカー通話にすれば楽なのにな。

 その様子を見ているうちに、ふいに表の車はこの人のなのかなと思って僕は振り返った。改めて車を見る。なんとなく意外なチョイス。新車っぽいけど、よく見ると車の下半分には泥がはねていた。


 休みの日はまちまち、営業してる日も1時間半も開いてない。そもそもインスタントとはいえ元が取れるのかわからないような値段。なにより店に気付いてから今日で1週間になるのにまだ名前もわからない。聞く機会さえ逸している。どういうつもりでやってるんだろう。

 僕はもう一度店主の後ろ姿を見、それから車のリアに回り込んでエンブレムを確かめると、メーカーと車種をスマホの検索窓に打ち込んで、画面をスクロールしながら帰途についた。 

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