令和4年2月13日
次の日、僕はお母さんが行こうとしていた買い物の用を買って出た。いつも行くスーパーはバス停の向かい側にある。
クチコミから透けて見えた、あの事務所の税理士さんが、どうしてもおじいちゃんと重なった。いつもおひさまの下にいて、小さいころは何度も肩車をしてくれた、お父さんよりは背の低いおじいちゃん。僕のことは忘れてしまっても、タバコを買うのだけは忘れなかったおじいちゃん。
ずっと好きだったのに、最後の何年かは疎ましくなって会いに行くこともほとんどなかった。どうせ僕のことわからないんだというのを言い訳に、家に行っても僕はおばあちゃんとばかり話して、おじいちゃんには逃げるように挨拶をするだけだった。亡くなるその場にも立ち会わなかった。
そんなことで気後れがあって、僕はお葬式のあと、焼き場には行かなかった。おじいちゃんのお骨を拾ってあげてと言われて、怖くて逃げた。先生には本当のところ「部活は休んでちゃんとお見送りをしなさい」と言われていた。それなのに僕は部活に行った。骨になってしまったおじいちゃんは、僕を許してくれない気がしたからだ。お母さんたちは、僕がお骨を拾ってあげたらおじいちゃんは喜ぶと言ったけど、僕にはどうしてもそうは思えなかった。
忘れるようにしていたのに、今頃急にまた、喉にひっかかった小骨みたいにイガイガした。それとあの税理士事務所がどう関係するのか、自分でもうまく頭の整理がつかなかったけれど、あそこでその税理士さんがしっかり仕事をしていた痕跡を見たら、少し気持ちが休まるんじゃないかという気がした。
あの、一度気にしてしまうと忘れない名前の書かれた看板が見えた。僕は早歩きをやめて一瞬小走りになったものの、事務所の前の道路に銀色の軽自動車がハザードランプをつけて停まっているのに気がついて足を止めた。
歩いて近づきながら観察すると、どうやらその車は不動産屋さんのもののようだった。僕はもしかしてと思って、事務所の前をわざとゆっくり歩いた。ちらちら横目で見たら、やっぱり事務所の掃き出し窓が開けられて、中ではスーツを着た男の人が手元の書類に何か書き込みながら、ひょろっとした若い男の人と話していた。
あの男の人は確か、この間僕が事務所に不法侵入(未遂)をしようとしたときにバスから降りてきた人だ。顔を近くで見たわけではないけど体型はわかるし、背中側に回された斜めがけの鞄にもはっきり見覚えがある。僕が前から欲しかったのと同じやつだったから、間違いない。
あの人はここの関係者だったのだ。どう考えても税理士さん本人ではないけれど、何かこの事務所のことを知っている人。あの日、ここで僕が怪しい動きをしていたのも覚えているかもしれない。
僕はその人と目が合ってしまわないよう慌てて下を向くと、少し早足でその場を立ち去った。
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