令和4年2月12日
結局店の名前がわからずじまいなので、僕はあの税理士事務所の名前を手がかりに調べを進めることにした。
といっても僕に使える調査道具などスマホくらいのものだ。自分の勉強机から一歩も離れずに、画面をなぞったり押したりし続けて辿り着いたクチコミサイトの情報から、あの税理士事務所はとっくに閉業していたことがわかった。
クチコミが途絶える直前には、かなり悪い評価が並んでいる。曰く、税理士が何度催促してもお願いしたことをしてくれないとか。逆に、頼んでもいないことを勝手にやるとか。渡したものを「もらっていない」と怒るとか。僕はなんとなく、一昨年死んだおじいちゃんのことを思い出した。
遊びにいくといつも庭の手入れかひなたぼっこをしていたおじいちゃんは、亡くなるまでの数年、認知症が進み、物忘れもどんどんひどくなっていき、最後には孫の僕の顔さえ覚えていなかった。それでもおじいちゃんは、子ども(僕のお父さん)たちが独り立ちしたあとに格好つけて始めたという喫煙習慣はそのままで、タバコがなくなるのを嫌がり、出かけるたびにタバコを買い込み続けた。たぶん、ストックがあることを覚えていられなかったんだと思う。亡くなったときには、未開封のタバコが家中のあちこちから、売るほど出てきた。
おじいちゃんは歳をとって、いろいろな病気もした。本当は入院するような体調なのに、タバコが吸えないなら入院なんかしないと言って無理やり退院したので、毎日おばあちゃんが病院に連れて行った。
おばあちゃんはおじいちゃんのわがままに根気強く付き合った。おばあちゃんが、おじいちゃんが死ぬとすぐにそのタバコの山を含めた遺品を全部捨ててしまったので、僕はそのとき初めて、おばあちゃんがどんなに嫌だったのかを知った。
おばあちゃんはそのあと、ひとり暮らしになったにもかかわらず、まったく寂しそうな様子はなく、とても生き生きしている。
おばあちゃんは親戚の話では、お嫁にきてからずっと、おじいちゃんには苦労させられてきたそうだ。なのに、おばあちゃんは一度として僕におじいちゃんのことを悪く言わなかった。そのおかげで僕はずっとおじいちゃんを好きなままだったし、おじいちゃんが死んで真相を知るまで、おばあちゃんも僕と同じようにおじいちゃんが好きなのだと思い込んでいた。
僕は今もおじいちゃんが好きだし、自分の気持ちを押し付けなかったおばあちゃんのこともとても尊敬している。おばあちゃんが元気でいてくれることが本当に嬉しい。自慢のおばあちゃんだ。
ただ、そんなおばあちゃんの「おじいちゃんがいなくなってせいせいした」とでもいわんばかりの元気さを見ると、僕は、うまく説明のできない気持ちになる。
スマホの画面に並ぶ税理士さんの行動は、おじいちゃんによく似ている気がした。もしかしたらこの税理士さんも、おじいちゃんと同じだったのかもしれない。
並んでいるクチコミに、大好きだったおじいちゃんのことを悪く言われている気がして、そして尊敬するおばあちゃんの内面を見せられる気がして、さらには、そんなふうに感じることこそが僕にいやなところを見せずにきたおばあちゃんの努力を踏みにじる気がして、とにかく嫌な気持ちばかりが膨らんだ。
僕は机にスマホを置いて、そっと裏返した。
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