第6話 多重人格
刑事さんは翔さんのプロデュースの件を話すと、「自分の好きにすればいい」と意外な返答をした。そして僕らは翔さんと約束した日に事務所で会う手はずになっていた。その道中であまり来たことのない有名な街を歩いていた。
「ね、君たちいいカップルだね、この服着ればもっといい感じになるよ〜」
「え〜、カップルなんてそんな〜」
何故かモジモジして少し顔を赤くする鼎先輩。そういうセールスは普通に断ればいいのに、、、
「ね、そっちの彼氏さんもこのピアスどう?きっと似合うと思うよ〜」
「僕、ピアスとか付けないんで、大丈夫です」
ピアス穴を開けていないことにすら気づけないなんて、まだまだ詰めが甘いな。僕は照れている様子の鼎先輩の腕を引っ張り、事務所に着くのだった。
「ね、見て見て、烈火!あの人、有名な司会者の明星透(あけぼしとおる)だよね!まさか生で見られるなんて!」
「テレビっ子じゃない僕でも明星透なら知ってますよ。確か俳優もやってましたよね?この前ドラマの再放送にも出てました」
「わ、あの人たちガールズバンドのスターライトの3人じゃない?かわいいねぇ!」
次々と現れる有名人を前に鼎先輩は興奮気味だ。
「先輩、あんまり寄り道すると時間に間に合わなくなりますよ」
「はいはい、烈火はせっかちだなぁ」
僕たちは彼女たちとすれ違って行くさなか、スターライトのかえでと呼ばれていた少女に小声で耳打ちされた。
「13時、K室で待つ」
僕は一応頭の片隅に置いておくことにした。
そして翔さんと会い、僕らは同意書を受け取る。それには保護者のサインが必要だった。なので、翔さんとはまた今度会うことになったのだった。
僕はその後、かえでさんとの約束を思い出し、鼎先輩には先に帰ってもらうことにした。そしてK室に着くと、そこには彼女が1人で立っていた。
「ようやく、この時が来た、、、!」
彼女はそう言うと、懐からナイフを取り出し、それをこちらに向けて襲いかかってきた!
「わっ!」
やばい、反応できない、、、もうダメかと思ったその時、
「俺を解き放て、、、!そうすれば楽になれるぜ、、、!」
泣いていたあの夜、自分の中で聞いた言葉が脳裏をよぎる、、、!僕は彼に全てを託すことにした。
「ふんっ!」
次の瞬間、僕の身体の主導権は僕じゃない何者かに委ねられていた。
「くっ、なんだ、こいつ!急に動きが、、、!」
「甘いぜ、そこだっ!」
「うわっ、、、!」
僕の身体を動かす者は、かえでさんと死闘を繰り広げていた。今はこちらが優勢なようだ。
「ちっ、ダメか。ここは一旦引く!ダメ息子、また今度な、、、!」
かえでさんはそう言うとあっという間に逃げていった。
「こらっ、待てっ、、、!」
それを追いかけようとするもう1人の自分。だが、そこで、、、
(ちょっと待ったぁ!)
更にもう1人の誰かが彼を押さえ込んでいた。
(ふう、やっと大人しくなったね。やあ、初めまして。僕は律人(りつと)。もう1人の君だよ)
ここで僕は把握した。どうやら僕は多重人格者なようだ。
(察しが良くて助かるよ。さっき彼女と戦っていたのは一太(いちた)。彼は凶暴で喧嘩っ早い。だけどその分、運動能力は並外れている。さっきの戦いでそれは君も見たよね?)
なるほど、確か昔、少しだけテレビで見た。筋肉には普段リミッターがかけられていて、断裂などを防ぐ目的があるんだとか。一太はそれを自由自在に操れるのだろう。
(そうそう、ちなみに僕は我ながら人付き合いが上手い。困ったときは助けになるよ)
そう言えば、なんでさっきかえでさんを追おうとする一太を止めたの?
(それは、、、まだその時じゃないから、かな。詳しいことはまだ教えられない)
僕は律人にも考えがあるんだろうと思いそれを了承し、帰り道をたどった。
その道中、僕は自分の中に流れ込んでくる記憶を回想していた。それは自分が多重人格者だということに気づいてから出てきた記憶だった。
「ねえ、烈火。今日のご飯は……にしましょう!」と母。
「そうだね、そうしよう!」と僕。
「それなら私も手伝おう」と父。
ありきたりな夕方の風景、だと思っていたのだが、、、
「わーん、わーん!」と泣き叫ぶ声。それを覆い隠す両親。僕は、その時は何とも思わなかったのだろう。だけど今になってそれは異常だと理解できるようになっていた。
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