第5話 弟は人気者になりたい

 高麗こまざわ美蘭みらん池谷いけたに葉月はづき爆走竹馬部ばくそうたけうまぶに入部したのだった。


 自分用の竹馬を買う必要も無いし、大会とかいう面倒くさい事も無いので気楽なのだ。

 活動日は火曜日と木曜日のみ。

 だからバイトも出来そうだ。

 入部した後は二人ともすぐに家に帰った。


 時刻は午後四時。

 美蘭みらんが家に帰ると、リビングで弟の毅彦たけひこがくつろいでいた。


 「ん、姉ちゃんお帰り。」

 「ただいま。あれ?あんた部活は?」

 「部活はー..................辞めた。」

 「.........え?辞めたの!?」

 「うん。」

 「なんでよ?あんなに頑張ってたじゃん。」

 「いやぁ、頑張ってたって言うか.........父さんを全国大会に連れて行きたかったからやってただけさ。父さんが死んだら、やる気失せちゃったよ。それより、父さんが教えてくれた空手をもっとちゃんとやろうと思って。」

 「それで空手の雑誌読んでるのね。」

 「うん。」


 毅彦たけひこは椅子に座りながらテーブルに両肘を立てて『空手道』という雑誌を読んでいた。

 いろんな空手道場の情報が載っているらしい。


 毅彦たけひこは今年十五歳になる。

 現在の身長は百七十センチ、体重は五八キロ。

 黒髪でパーマはかかっておらず、姉の美蘭みらん同様肌が色白でモデルの様な体型。


 柔道部だったが父親から空手を学んでいたせいか足が長い(柔道を一生懸命続けると足が短くなる人が居る。)。

 顔はすごいイケメンであり、年下、同い年、そして年上の女子高生から絶大な人気があって、本人が知らないファンクラブまである程だ。


 まったくいけ好かないキャラを作っちまったもんだ。


 空手は父親から教えてもらっていただけで道場には通っておらず、試合に出た事も無い。

 これで空手でも柔道と同様に全国大会まで行っちまったら、ガチでいけ好かねー野郎だ。


 毅彦たけひこ右隣みぎどなりの椅子に姉の美蘭みらんが座った。制服のままだ。


 毅彦たけひこは一旦雑誌を閉じて左手で頬杖ほおづえをついて美蘭みらんに話し掛ける。


 「どうだった?今日は。」

 「部活に入ったよ。」

 「あれ?バイトするとか言ってなかった?」

 「毎日活動する訳じゃないのよ。火曜日と木曜日だけ。」

 「そうなんだ。何部?」

 「爆走竹馬部ばくそうたけうまぶ。」

 「..................ん?何?なんつったぁ?」

 「だからぁ、爆走竹馬部ばくそうたけうまぶよ。」


 毅彦たけひこは怪訝な顔つきになった。それでもイケメン。

 そして姉に問う。


 「え、何それ.........?」

 「名前のまんまよ。竹馬で走り回るの。」

 「竹馬って、走れるもんなのか?」

 「凄いスピードだったよ?あたし見たんだから。もうあれしか無いわ。あれを極めるよ。」

 「ああ、そう。」

 「あと、合同空手道部っていうのもあったよ。」

 「マジ?良いなぁ、俺もしらす台高校行こっかな。」

 「来い来い。姉弟きょうだいで竹馬極めようぜ。」

 「いや俺は合同空手道部入るから。いま自分が教えたんじゃん。」

 「なーんだ、つまらん。」

 「..................。」

 

 美蘭みらんはちょっとムスッとした顔でスマートフォンをいじり出した。

 ゲームをやってる様だ。


 美蘭みらんがしばらくゲームをしていると、弟からの視線が気になってきた。

 毅彦たけひこ頬杖ほおづえをつきながら美蘭みらんの横顔をガン見している。

 もしもここが教室で、毅彦たけひこのクラスメートの女子が今の美蘭みらんの様に毅彦たけひこに横顔をじっと見つめられていたらドキドキがとまらなくなってしまう。

 しかし美蘭みらんは血の繋がった実の姉だ。別に気にならない。



 ってわけではなかった。

 実の姉なのにイケメンの弟に横顔を見つめられるとドキドキがとまらなくなってしまっていた。

 何故なら美蘭みらんは弟が大好きだからだ。

 おかしな事に、本気で弟を男として見ているのだ。

 故に美蘭みらんは心臓バクバクだった。


 「(た、毅彦たけひこったら、なんでそんなにあたしを見つめるの?やっぱり、毅彦たけひこから見てもあたしっていい女なのかな.........?だ、駄目よ!変なこと考えちゃ駄目よあたし!相手は弟なんだから!..................でも、もし毅彦たけひこがあたしのこと本気で好きなら.........あたしは別に、構わないっていうか.........いや、あたしが毅彦たけひこの事を好きなんじゃなくて、あくまでも毅彦たけひこがあたしに恋してるんだから!あたしは無罪よ!べ、別に、弟が可愛くてたまらないとか、好き好き大好き!とか、一緒に寝たいとか思ってないんだから!)」

 と、美蘭みらんが弟から関係を迫られるのを期待していると、弟は、

 「(姉ちゃん、やっぱり誰よりも美人だ!誰にも渡さない!俺の女にしてやる!)」

 とか思ってないので安心しておくれ。

 

 確かに毅彦たけひこ自身も美蘭みらんの事は美人だと思っているが、「まぁ、みんなが言うから姉ちゃんは美人なんじゃねーの?」ぐらいにしか思っていない。

 ましてや毅彦たけひこ美蘭みらんと違って変態じゃないので実の姉に恋心は抱かない。

 じゃあ毅彦たけひこ美蘭みらんを見つめて何を思っているのかと言うと、


 「(姉ちゃんの鼻についてる包帯の球体は何だろう........?)」


 という事であった。


 そう、前話では触れなかったが、美蘭みらんは鼻の骨が折れて球体の様に腫れ上がっているのだ。

 しかし毅彦たけひこは事情を知らないため、姉の鼻が折れている事など知らない。

 毅彦たけひこの顔つきが更に真剣になる。


 「(これはギャグなのか?だとしたら俺はツッコむべきなのか?しかしどうツッコむ?このギャグの意図いとがさっぱりわからない!そもそもこれは俺に対するボケなのか?いや、こうも考えられる。『姉ちゃんは学校でボケた』。これだ。そしてきっとウケたんだ!だから調子に乗ってそのまま帰って来た。しかし俺が姉ちゃんの予想に反して無反応だったから黙ってゲームに没頭してしまった!だとしたらもう遅い!完全に姉ちゃんを怒らせてしまった!..................いや、こうも考えられる。『姉ちゃんはこれから誰かに対してボケる』。これだ!姉ちゃんは基本アホだからな。何か面白い事を常に考えている人だ。しかし一体誰にこのギャグを見せるんだ?十中八九じゅっちゅうはっくウケねーぞ!)」

 と、毅彦たけひこは思っていた。一方、美蘭みらんは弟を横目で見ながら、

 「あ、暑いね.........。」

 と、言いつつワイシャツのボタンを胸元が見えるくらいまで開ける。さらに右足を椅子に上げて美しい太ももを弟に見せつける。


 「(さあ来い弟よ。お姉ちゃんはもう心の準備は出来てるぞ!)」

 「(この鼻についてる球体を取りたい!これではただの間抜けにしか見えん!.........いや、もしかしてこのギャグの意図は『変なアクセサリーを付けてる女』って事はなのか!?。『鼻ピアスがあるんだから鼻ボールがあってもいいだろ』的な。確かに、アクセサリーのつもりならウケるかもなぁ.........。つまり、仮に俺が付けてもウケるかも知れない!)」

 

 姉の胸にも太ももにもまったく興味が無い毅彦たけひこは自分も鼻に球体を付けたくなってしまった。


 「(俺は学校では何故かみんなから距離を置かれているからなぁ.........。ここで一発ぶちかまして、俺は楽しい男だと思われたい!!)」


 毅彦たけひこがクラスメートとの間に距離を感じている理由は毅彦たけひこ自身にある。

 ただ単にイケメン過ぎるのだ。

 故に女子は緊張して話し掛けられないし、男子すらも近づきがたい美しさがあるのだ。

 しかも武術にけているため男子からしたら余計に近づきがたい。


 毅彦たけひこは何かを決意したかの様に立ち上がる。

 そして美蘭みらんの美しい顔におのれの美しい顔を近づける。


 「!!」


 実の弟の事を男として見ている変態の姉は顔を赤くしてドキッとしていた。

 そして毅彦たけひこが言う。


 「もう..................我慢出来ないよ.........。」


 変態の姉はキスを待つ様に目を閉じて瑞々みずみずしい唇を尖らせる。


 弟は姉の鼻に付いてるでっかい球体を鼻と思わずに鷲掴わしづかみし、引っ張った。


 「ギョアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 姉は痛みに耐えきれず絶叫したのだった。



 翌日.........。


 「よし、行くぞ!」


 毅彦たけひこは昨日百円ショップで買ったテニスボールぐらいの大きさの黄色いスポンジボールを鼻にくっつけて登校するという奇行に出た。

 自信満々だった。

 しかし、教室に入っても、授業を受けてても、休み時間になっても誰も何もツッコンでくれず、クラスメートとの距離が感覚的には半径六百メートルぐらい広がってしまった。


 「姉ちゃんめ.........絶対ぶっ殺してやる!!」


 お前が悪い。

 馬鹿。


 続く!!

 


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