第2話 タックルの対策

 いい天気だ。とってもいい天気。太陽がニコニコしている!爽やかな春って感じのいい天気!昨日の入学式と同様、今日も晴天であった。


 入学式では大人しくしていた高麗こまざわ美蘭みらん。しかし本格的に授業が始まる今日からは違う。攻めにてっするのだ。


 「メルヘン女子になる。」

 そうお父ちゃんと約束した美蘭みらんの気合いは十分じゅうぶん。まずはコンビニに向かった。

 パンを買うためだ。


 「パンを咥えたまま走ってイケメンに激突しろ!」というお父ちゃんの最後の言葉に従い、美蘭みらんは取り敢えずパンを買った。


 きっとお父ちゃんは食パンの事を言っていたのだろう。

 恋愛漫画のイメージでよくあるシチュエーションだ。

 だが、美蘭みらんにはお父ちゃんが言っていた『パン』の種類までは理解出来ていなかった。

 何故なら高麗こまざわ家では食卓にパンが出てこなかったからだ。

 それに恋愛漫画とか読まなかった。


 「色々な種類があるなー。」

 美蘭みらんはそう言いながら手作りパンが並んだ棚を見ていた。このコンビニは美蘭みらんの家から徒歩五分ほどにあるコンビニで、店内でパンを焼いているタイプの店だ。


 「おお、これならやりがいがありそうだぞ。」

 美蘭みらんが選んだパンの名前は『ミルクパン』。

 形はコッペパンの様だが中身は何も入っておらず、外側がミルク風味の甘い生地になっている、メロンパンの様な生地だ。長さは三〇センチ程ある。


 「これ下さい。」

 美蘭みらんにそう言われ、レジにパンを差し出された女性店員は、


 (『これ下さい』っていう人、本当に居るんだな。)

 と、思った。そして少しドキッとしてしまった。

 美蘭みらんがやたらと美人だからだ。

 美蘭みらんは身長百五七センチ、体重四三キロと美容体型でありスタイルがいい。

 そして顔も綺麗である。

 大きく美しい瞳に通った鼻筋、そして麗しい唇の、整った顔立ち。

 色白の肌に美しい身体のシルエット。

 すれ違えば女も男も振り向いてしまうような美少女である。


 「レジ袋は必要ですか?」

 店員がそう言うと、

 「要りません。食べ走りますんで。」

 と、美少女は言った。

 (『食べ走る』?食べ歩くじゃないの?)

 と、店員は思ったがその事は口に出さずに会計を進めた。


 「どうも。」

 美蘭みらんは一言そう言って、三〇センチのミルクパンを縦に口に突っ込んだ。

 そして、鋭い眼光で店の出入口に向かって走り出したのだ。

 出入口は自動ドアだが、美蘭みらんのスピードには敵わず、ドアが開ききる前に美蘭みらんは頭から激突し、ガラスを破壊して走り去って行った。


 コンビニの店員は驚愕きょうがくの表情を浮かべ、しばらく口を開けたまま立ち尽くしていた。


 ズダダダダダダダダ.........


 美蘭みらん疾風はやての如く駆け抜ける音である。

 目指すは最寄り駅。


 美蘭みらんは神奈川県横浜市泉区内の柚子実ゆずみ町という地域に住んでいる。

 横浜市なのに都会感が無く、落ち着いた雰囲気の街だ。

 美蘭みらんが通う高校は隣街となりまちの藤沢市にあり、美蘭みらんの家の最寄り駅から電車で二駅乗り、そこから歩いて15分位の所にある。


 柚子実ゆずみ中央駅。

 美蘭は最寄り駅に着いたが、一つ気付いた事があった。


 (電車って、使っていいのか?)

 美蘭みらんは迷った。

 お父ちゃんからは『走って激突』と言われた。

 電車を利用するのは反則ではないか?と、美蘭みらんは考えたのだ。

 しかし、美蘭みらんが考え事をしていると、

 「おはっちょーー!!」

 バシンッ!

 後ろから大声の挨拶と共に、背中を叩かれた。思わずパンを吐き出してしまうが、何とか両手でキャッチして窮地きゅうちを脱した。


 「美蘭みらん、何をやってんの?」

 「テメェこそ朝から何してくれとんじゃコラァ!」


 美蘭みらんが振り向きながら怒鳴ると、そこには黒髪ツインテールのちっちゃい女の子が立っていた。


 「危うくパンを落とすとこだったじゃねーか!このクソ馬鹿野郎が!」

 美蘭みらんがそう怒鳴ると、


 「そ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか!」

 と、ちょっと涙目になった黒髪ツインテールが言った。


 「そう言えば、葉月はづきも同じ学校だったんだね。」


 この黒髪ツインテールの女の子、名前は池谷いけたに葉月はづき。身長百四八センチと小柄で体重も軽い。どっちかと言うとお洒落なギャルって感じの少女。美蘭みらんとは中学生からの友人である。


 「一緒に行こうよ美蘭みらん。」

 「うん。じゃ、電車乗るか。」

 「??乗るでしょそりゃ。」

 「あたしは電車乗るか走って行くかで迷ってたのよ。」

 「迷う要素ようそ無くね?うちらんから高校まで遠いよ?」

 「そんなでも無いよ。歩いて四十分位でしょ?」

 「遠いっつうの!」

 「お前は修行が足りんのだ。だから背が伸びないんだぞ?」

 「うるせーなー!いいから行くぞ!」

 

 パクッ。


 美蘭みらんは再びパンを咥えて歩き出した。

 二人は改札口を通り、階段をのぼって駅のホームへと向かう。


 「...........................。」

 「...........................。」

 (えーい!話し掛けずらい!!)


 葉月はづき美蘭みらんの顔を横目で見ながらそう思っていた。

 何故なら美蘭みらんは長いパンを咥えて直立不動ちょくりつふどうだったからだ。


 (なんなの?こいつ。なんでパン咥えてんの?食べればいいじゃん!おいしいやつなんだから、食べればいいじゃん!)


 葉月はづきがいくら心の中で叫ぼうとも、美蘭みらんはパンを咥えている。

 表情は真剣その物であった。

 なんだかすごい絵面えづらだ。

 美人女子高生が長いパンを大きい口を開けて咥えている。

 非常にダサい絵面だった。


 ガタンゴトン.........

 電車がやって来た。


 (あ、きっと電車の中で食べるために咥えてるんだな。)

 葉月はづきは希望的解釈をして、二人は電車に乗り込んだ。

 電車からの景色は決して綺麗とは言えない。

 何てったって田舎街だし、柚子実ゆずみ中央駅から二駅で終点なのだ。

 終点であるしらす台駅は地下にあるため、途中で完全に景色が見えなくなってしまう。

 つまらん電車旅であった。


 「...........................。」

 「いや食わねーのかよ!?」


 電車にのっている間、美蘭みらんはやはりパンを食べなかった。

 咥えたままだ。

 電車からは当然他にも通勤などで乗ってた客も出てくるわけだが、(あの子、すごい美人なのに何やってんだろう.........?)や、(何かのウケ狙いなのか?)などと思われていた。


 葉月はづきの言葉も気にせず美蘭みらんは行く。


 タッタッタッ.........

 ズダダダダダダダダ!


 美蘭みらんが改札口を出たとたんに猛ダッシュしたので、葉月はづきも走り出した。

 

 「ちょちょちょちょちょちょー!ちょーちょー待ってよおおおおおお!速いよー!」


 ミッション再開。イケメンを見つけて激突せよ!

 すさまじい速さだ。パンを咥えたままであるにも関わらず、百メートル九秒台ぐらいの速さで駆け抜けているのだ。

 葉月はづきは中学時代、バドミントン部で、運動には自信があったが、当然追い付けない。


 「あいつ、なんで呑気のんきに学生やってんのよ!?学校なんか辞めてオリンピック目指せよ!」


 そんな葉月はづきの叫びも美蘭みらんには届かない。


 (イケメン、イケメンはどこだ!?そう言えば、イケメンの定義って何だ!?)

 今更イケメンについて考える美蘭みらん

 別にアイドルとか俳優とかに興味が無いこの女には荷が重すぎるミッションであった。


 しかし凄いのは美蘭みらんに咥えられたパンだ。

 この速さであるにも関わらず千切れないし、曲がりすらしない。

 真っ直ぐと綺麗な形を保ったままである。

 これは最早もはや凄いというよりゴイスーである!


 そして、学校まであと百メートルぐらいの地点でそのイケメンは居た!

 身長百七六センチ、体重六二キロで金髪ストレートでハーフ顔の、マジで少女漫画に出てきそうなイケメンが居た!

 横顔が見えただけでイケメンとわかる。

 しかも、周りに女子が二人ぐらい居る!


 (あのいけ好かない感じ、あれが恐らくイケメンってやつだな!)

 そう確信した美蘭みらんは、イケメンの真正面に行ける様に回り道をし、真面目から突撃した!


 それは、体勢を低くした完璧なタックルであった。レスリングや総合格闘技なら、綺麗にテイクダウンを取れる程見事なタックルだった。

 美蘭みらんが突っ込んで来ている事に気付いたイケメンは、


 「な.........え?.........お、俺?.........。ちょ.........待っ..................」」

 と、相当ビビっていた。当然だ。白目をむいてパンを咥えた狂人が己に突っ込んでくるのだから。


 「んーー!!んーーーー!!」

 うなりながら美蘭みらんは走る!

そして


 バキャ!!!


 イケメンは身を守る為に、咄嗟とっさ美蘭みらんの頭を両手で掴みながら右の跳び膝蹴りを美蘭みらんの鼻にぶちかました!!


 「..................何だ?.........コイツは.........。」

 イケメンはなんとか難を逃れたかの様に冷や汗をかきながら言った。


 「み゛、み゛ら゛ーん!!」


 目をぐるぐる回し、ヘトヘトになりながらもなんとか走って追い付いた葉月はづきは、鼻から血を大量に流してうつ伏せで倒れている美蘭みらんの背中に倒れこんだ。


 「..................何だ?.....コイツらは.....。」

 それを見たイケメンは至極しごくとうな反応をして校舎へと向かって行った。


 この一風変わった出逢いが、二人の恋心に火を点けることになる。



 ..................ってわけでもない。



 続く!







 




 

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