メルヘン女子に憧れて

大盛りごはん

第1話  決意

 「お父ちゃん!お父ちゃん!あたしだよ!美蘭みらんが来たよ!お父ちゃん!!」

 

 病院のベッドで寝たきりの父親に必死で声を掛けるのは娘の高麗澤こまざわ美蘭みらん

年齢は現在十五歳、中学三年生である。スポーツ万能少女であり、今日は所属している卓球部の全国大会であった。

 美蘭みらんは優勝したが、試合終了直後に母親の美里みさとから電話があり、父親はもう今日が限界という急な知らせを受けて病院にすっ飛んで来たのだ。


 美蘭みらんはお父ちゃんっ子だった。お母ちゃんが出張で家に居ない時は必ずお父ちゃんがごはんを作って美蘭みらんを待っていてくれた。


 お父ちゃんの仕事は一級建築士で、家が職場だったためほとんど家に居た。だから美蘭みらんが幼稚園生の時の送り迎え、小学校と中学校の授業参観などはいつもお父ちゃんが居てくれたのだ。


 「お父ちゃん!!嫌だよぉ!お父ちゃん!!」


 美蘭みらんが泣き叫ぶが、お父ちゃんは脈はあるが意識が無い。


 ピッ、ピッ、ピッ.........


 バイタルセンサーの音はまだ鳴っている。お父ちゃんはまだ生きている。


 ガラガラッ!


 病室のドアが勢いよく開いた。美蘭みらんの十四歳の弟、毅彦たけひこだ。今日は毅彦たけひこも柔道部の全国大会だったが、決勝戦を棄権して病院にすっ飛んで来たのだ。


 「嘘だろ?父さん!駄目だろ父さん!起きろよ!起きろって!」


 父親が危篤きとく状態なのが信じられないという表情で、毅彦たけひこもお父ちゃんに向かって叫んだ。

そして美蘭みらんも叫ぶ。

 「お父ちゃん!起きて!」


 続いて毅彦たけひこも叫ぶ。

 「起きろよ父さん!!」


 交互に二人の子供が泣き叫ぶ。

 「起きてよ!お父ちゃん!」

 「起きろよ父さん!!」

 「起きてよ!」

 「起きろよ!」

 「起きてってばぁ!」

 「起きろってのぉ!!」

 「起きろっつってんだろがコラァ!!」


 ドスッ!!


 怒りの叫びと共に美蘭みらんがお父ちゃんの腹を思いっきり殴った。


 「うぴー!!」

 お父ちゃん、起きた。


 「えぇ!?あ、あなた!?」

 驚いたのは美蘭みらん毅彦たけひこのお母ちゃんだ。


 「はぁ、はぁ、何だよおい。」

 お父ちゃんは殴られて目が覚めたらしい。でも仰向けのままだ。


 「お父ちゃん!!」

 美蘭みらんが叫んだ。


 「おぉ、美蘭みらん毅彦たけひこ。お前達、来てたのか。」


 お父ちゃんが苦しそうに、でもどこか嬉しそうに言った。

 「お父ちゃん!あたし、あたし優勝したよ!」


 美蘭みらんはお父ちゃんの左手を両手でしっかりと握りながら勝利の報告をした。


 「おお、そうか.........。良く頑張ったな美蘭みらん、偉いぞ.........。」

 お父ちゃんは右手で美蘭みらんの頭を撫でながら笑顔で言った。


 「毅彦たけひこ、お前も近くに来てくれ。」


 お父ちゃんに呼ばれて、毅彦たけひこ美蘭みらんの隣にしゃがんだ。お父ちゃんは毅彦たけひこに言う。

 「お前も良く頑張ったな、今日は確か、お前も全国大会だったんじゃないのか?」


 「そうだよ、でも俺は来年もあるし、そんなもんより父さんの方が大事だよ!」

 お父ちゃんは毅彦たけひこの言葉を聞いて涙を流した。


 「お前は、お母ちゃんに似て本当に優しい子に育ったなあ.........。」

 お父ちゃんは毅彦たけひこそう言って、お母ちゃんの顔を見た。


 「ありがとな、お母ちゃん。いや、美里みさと美里みさとが居てくれたお陰で、俺は幸せになったよ.........。」


 「たっちゃん!あたしも、あたしも、幸せだよ.........。」

 お母ちゃんはお父ちゃんにそう言った。お父ちゃんの名前は龍麒たつき。だからお母ちゃんはきっと『たっちゃん』と呼んでいたのだろう。


 「そうだ美蘭みらん、来年から高校生だよなぁ?」

 お父ちゃんが美蘭みらんに言った。


 「うん、そうだよ。」

 「そうか、大きくなったなあ。しかも、お母ちゃんよりもずっと美人に育った。そんなお前に、お願いがあるんだ。」

 「何?お父ちゃん!なんでも言っておくれ!」

 「いいか美蘭みらん、高校生活を無駄にするなよ。特に女の子の場合、最も男からモテる時期だ。だからその状況でお前は『メルヘン女子』になれ!高校登校初日が勝負だ!パンを咥えながらイケメンに激突しろ!そしてそのイケメンとイイ感じになれ!」


 お父ちゃんはこの瞬間だけは意識をハッキリさせて言った。


 「よ、よくわからんけど、パンを咥えながらぶつかればいいんだね!わかったよお父ちゃん!」

 美蘭みらんはなんだかやる気満々になった。


 「毅彦たけひこ、お前はお父ちゃんの子とは思えない程イケメンに育ったな。お父ちゃんが大事にしていたお父ちゃんの空手着を、お前に託す!」

 お父ちゃんは毅彦たけひこの目を見て言った。


 「!!.........俺が、父さんの空手着を.....。」

 ただでさえ涙を流している毅彦たけひこの目から、更に大粒の涙が流れ出した。


 「わかったよ.........。俺はやるぞ父さん。柔道だけじゃねー、父さんに教わった空手でも全国一、いや、世界一になってやる!!」

 毅彦たけひこはそう言って、新たな決意を固めた。


 「.........もう、何も思い残す事は無いな.....。ありがとう、みんな.........。」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーー......。


 お父ちゃんの、脈が止まった.........。

 お父ちゃんは三人の家族に看取られてとても幸せそうな顔で眠ったのだった。娘と息子はお父ちゃんにしがみついて長いあいだ大泣きしていた。




 年が明け、四月。


 チーン.........。


 お父ちゃんの写真が飾られた仏壇に置いてあるかね、いわゆる「りん」の音が鳴っている。鳴らしたのは美蘭みらんだった。

 美蘭みらんは正座をし、両手を合わせて目をつぶり、お父ちゃんに宣言する。


 「お父ちゃん、今日から本格的に登校だよ。うちは全員ごはん派だからパンは無いけど、途中で買っていくから、心配しないでね!あたしはメルヘン女子になる!」


 美蘭みらんは立ち上がり、赤い鉢巻はいまきをひたいに巻いた。そしてショルダーバッグを左肩に掛けて玄関に向かった。


 「お、姉ちゃん、その格好は.........。」

 弟の毅彦たけひこがそう言うのも無理はない。

 美蘭みらんが肩に掛けているショルダーバッグは縦長タイプで色は白、更に赤い鉢巻きを巻いている。

 まるで世界的に有名なぼう格闘ゲームに出てくる『孤高ここう求道者ぐどうしゃ』の様だったからだ。


 「毅彦たけひこ、あたしはやるぞ。メルヘン女子の道は、あたしが成す!!」


 毅彦たけひこに背を向けながらそう言って、

 ガチャッ.........バタン!

 外へ出て行った。


 「.........フッ.........フッハッハッハ.........。やっぱり姉ちゃんは自慢の姉だぜ!何だかよくわからねーが、格好いいぜ!女なのに、おとこの背中を見せてもらった!」


 この姉にしてこの弟あり。どこかズレた感覚を持った姉弟の青春喜劇が、幕を開ける。


 

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