第12話 金剛姫ディアナ、不安と共に




 "金剛姫こんごうき"。あるいは"金剛鬼こんごうき"。

 それが広く知られる私の呼び名。


 ネフェル魔帝国帝位継承権第四位、ネフェル魔帝国の姫、そんな肩書きは大した意味を持たない。

 帝位継承権こそあれど、帝位を継ぐのは兄に決まり切っており、継承権を持つものは厄介払いとして帝位継承後に身を隠すことを強要される。私には自由がない。


 せめてもの自由を得るために、魔法の勉強は頑張った。

 自身に確固たる需要を見いだせば、私にも飼い殺し以外の未来があるかという淡い希望だ。

 それなりに名を残せる程度に、"結界魔法"の分野に成果を残せた。

 私に適正があった事も大きいが、需要の大きい分野であるという計算の部分が大きい。

 私の"結界魔法"も国防において要になる程度には軍部に受け入れられ、父からも兄からも評価を受けた。


 今、私は重要な拠点防衛という大きな任務を任されている。


 私は必要とされている。

 ……暢気にそんな風に思う程、私も平和ボケした馬鹿じゃない。

 僻地への任務は厄介払いの一環だ。いずれは手広く辺境の防衛の任を与えられて、次第に地方へと追いやられていく。

 国の為にと身につけた魔法は、私の信頼を集める事になり、信頼を集めた事は父兄に疎まれる事へと繋がる。彼らが国民に親しまれる私に良い顔をしていないのは知っている。


 事実、カリバー王国から私の結界設置を妨害する為に"天竜"が送り込まれたという情報が入っても、誰も任務の中止を奨める事はなかった。

 むしろ私が死んだ方が都合がいいのだろう。私に傾いていた世論の人気を元に戻し、更には私という人柱を戦争の口実にする事もできる。報復として、国防の要が消えた事による積極的な防衛の為……戦争に対して消極的な世論を煽るにはもってこいだろう。


 私は必要とされている。

 都合の良い道具として。

 決して愛されてなどいない。




 鏡に映る自分を見る。

 額から生えた醜い角。

 それはネフェルの民にのみ見られる身体的特徴"エノス"と呼ばれる器官だ。

 結晶のようなその器官は、大きさや形状、発現する箇所に個人差こそあれど、ネフェルの民ならば誰でも持っている。

 これは魔力の外付け器官であり、ネフェルの民が魔法に長けているのはこの器官により多国民よりも魔法の源となる力、魔力に優れているからだ。


 しかし、この人間らしからぬ特徴が、ネフェルが魔物扱いされて疎まれている理由でもある。


 私だってそう思う。だって、こんな角が生えているのはおかしいではないか。

 まるで魔物だ。凶悪な鬼と同じだ。

 鬼のような角故に、私を蔑む者達は私を"金剛鬼こんごうき"と呼ぶ。

 ネフェルの民の中でも特別大きいエノスは、取り分け大きい魔力の象徴でもあり、より大きな醜さの象徴でもある。


 私は醜い鬼の姫。

 身内からも嫌われる要らない子。

 私は私が大嫌い。


 そんな暗い気持ちを隠して、私は今日も笑顔で国民達と触れ合うのだ。

 暗い顔でいれば、醜い私に接してくれる人なんて居なくなるから。

 打算で笑顔を作る自分に嫌気が差して、私はまた私が嫌いになる。

 私が私を嫌いなのだから、みんなが私を嫌いでも仕方が無いと言い聞かせる。

 仕方が無いと割り切れれば、私は今日も笑っていられる。

 それが私がうまく生きていく方法なのだ。




 オニキスが私の任務の護衛に暗殺者を雇ったと聞いた時には耳を疑った。

 いよいよ兄の命令で私を処分するつもりなのかと疑いもした。

 しかし、熱心に説明をするオニキスの話を聞くと、それは"天竜"にも匹敵するやも知れぬ実力者なのだという。

 話半分に聞いていた。もうどうでも良かった。

 "天竜"に狙われた時点で恐らく私は助からないだろう。元々1%あるかないかの生存率が、多少上がろうと下がろうとどうでも良かった。

 だから私はオニキスの提案を受け入れた。


 外部の人間と会うのは嫌いだ。

 彼らはネフェルの民以上に、私を醜い存在として穢らわしいものでも見るかのような視線を向けてくる。

 信用ならない暗殺者。所詮は仕事で同行するだけの赤の他人。それでもそういう目で見られるのは気分のいいものではない。




 憂鬱な気持ちで顔合わせをする。


 "黒薔薇のカスミ"。

 何でも暗殺一族のアサシノ出身の女暗殺者であり、千年に一度の逸材とまで呼ばれる天才だそうです。

 黒い忍の装束に、後ろで結んだ黒い髪、黒い瞳……全身黒ずくめ。そして、キリッと尖った冷たい目に、見た事のない綺麗な佇まい。無駄をそぎ落としたような洗練された立ち姿がそこにありました。

 華や宝石のような美しさというよりも、研ぎ澄まされた刀のような機能美を思わせる美しさ。思わずごくりと息を呑んでしまう。


 私は挨拶をする。

 黒薔薇のカスミは挨拶を返さなかった。

 鋭く尖った目が、少し大きく見開き私を見ているようでした。


「あ、あの……どうされましたか?」


 もしかして、私の異質な角を見て、気味が悪いとでも思っているのだろうか。

 外部の人間とあった際には珍しい事ではないので慣れています。

 しかし、思わぬ一言を黒薔薇のカスミは発しました。


「いえ。あまりにも美しかったので見惚れておりました。」

「えっ……。」


 言われたことの無い言葉でした。

 おべっかで軽く言われる事はなくはないです。

 しかし、面と向かってそんな事を言われたのは初めてでした。

 信じられませんでした。仕事相手ということで気でも遣っているのでしょうか。


「あ、あの……気味悪くは思わないんですか?」


 私も動揺していたのでしょう。

 思わず聞かなくてもいいことを聞いてしまう。

 相手が気遣いをしているのであれば、わざわざ本音なんて引き出さなくていいのに。

 答えづらいだけの質問を投げたことを後悔すれば、黒薔薇のカスミは答えます。


「とても美しいですよ。私が見た中で一番です。」


 恥ずかしげもなく言うので、私の方が逆に恥ずかしくなりました。

 頬が熱くなるのを感じる。こんな事は初めてです。

 どうせおべっか。そう思いたいのに、この人はあまりにも真っ直ぐ私を見てくる。何の後ろめたさもないと言いたげに、ただただ真っ直ぐに。

 力強い瞳には、嘘があるようには見えなかった。

 嘘じゃないと思えてしまうと、余計に恥ずかしくなった。


「あ、ありがとうございます。」

「申し遅れました。カスミと申します。宜しくお願い致します。」


 ぴんと背筋を伸ばしたままに、カスミさんは挨拶をする。

 そしてどこか冷たかった表情に、微かに笑みを浮かべてくれた。

 どうしてだろう。表情に乏しいのに、どうして他の人よりも表情豊かに感じるのか。

 そんなカスミさんの顔に気を取られている内に、補佐の女暗殺者、ユリという小さな女の子も挨拶をしたので、私は改めてお礼を言う事にする。


「本当に、よくいらしてくれました。心より感謝を申し上げます。」

「お気になさらず。仕事ですので。」


 カスミさんは淡々と答える。


 ―――仕事ですので。


 素っ気ない返事だった。けれど、割りきってくれた方がこちらも幾分か気が楽でもある。

 相手は"天竜"。非常に危険な任務になる。

 変に気の利いた事を言われた方がこちらが申し訳なくなる。


 そんな事を思っていた矢先。


「楽勝で。それはもう余裕で。」


 カスミさんは付け加えました。

 楽勝? 余裕?

 強がり? しかし、傲慢にも聞こえる言葉には、妙な力強さがあった。

 本気で言っている? それとも、私を安心させるため?


 それにしたってもうちょっと言葉選びがあるでしょう。

 真面目そうな堅苦しそうな彼女の口から、そんな言葉が出てきた事に私はちょっぴりおかしくなった。


「……うふふ。はい。頼りにしております。」


 もしかしたら、ちょっぴりこの黒薔薇のカスミという暗殺者は抜けているのかも知れない。

 先程の口説くかのような言葉や、今の強がりのような言葉にしても、どこかずれているというか変わっているというか。

 天才暗殺者と聞いた時の冷徹なイメージからのギャップは少し可愛らしいと思った。


 久し振りに打算からではなく笑みが零れた事にほんの少し驚いた。


 私はこの人に、"黒薔薇のカスミ"に命を預ける。

 投げやりに受け入れた護衛だったけれど、ほんの少しだけ、この人には裏切られたくないなと思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る