第11話 鮟鱇のユリ、頑張ります!




 ユリです。

 今回、カスミ様がネフェル魔帝国からの護衛任務の依頼に補佐として同行しています。

 ネフェル魔帝国といえば、魔法技術の最先端を走る国。こことコネクションを作れれば、今後の黒薔薇一派にとっては非常に有益でしょう。

 更には護衛で相手取るのは世に名高き英雄"天竜"です。

 この任務の成功は、より一層"黒薔薇"の名を世に知らしめる事になるでしょう。

 報酬も、コネクションも、名声も全てが手に入る良いとこずくめの依頼で、私も非常に気合いが入っており


 


「……こういったプランを考えておりますが如何でしょう。」


 依頼者であるオニキス将軍と、一部の信頼の置ける人、そしてディアナ姫を交えての事前会議にて、私は用意してきた今回の護衛の陣形等プランを提示しました。

 カスミ様はとても素晴らしい御方ですが、感覚派の天才、とでも言いましょうか。こういった計画や事務的な手続きに関してはからっきしです。何でもできる完璧超人ではなく、少し抜けたところがあるのもまた可愛らしいのですが。

 基本、こういう場には補佐役の私や、黒薔薇一派の中からサポートが付くようになっています。カスミ様は何でも二つ返事で簡単にこなしてしまうので、里の重役や依頼者に言いように利用されるのを防ぐ為です。


 今回、ディアナ姫の護衛においてはいくつかの課題がありました。


 まず、今回の襲撃者が少数精鋭の英雄"天竜"が率いる少人数パーティーであること。

 "天竜"には複数の仲間がおり、同行者は都度変わるという事でしたが大体は4人ほどで行動する事が多いという情報は持っていました。

 "天竜"を探らせているスモモさん率いる花魁衆おいらんしゅうの諜報班が、現在は4人のパーティーを組んでいるという情報がありました。実際のそのメンバーがネフェルに向かって動き出しているとの事。ネフェルの諜報というのは信頼していませんでしたが、花魁衆の情報確度は信頼できます。

 この4人というのが中々厄介で、集団として捕捉するには取り逃がしやすく、かといって此方の少数精鋭で迎え撃つには多いのです。

 しかも、相手は"天竜"はじめとして英雄と讃えられる実力者のみ。ネフェル魔帝国の兵程度では対処できないだろうというのが花魁衆の見積もりです。

 そこをどうにかする為に、1私がカスミ様の補佐として選ばれた訳なのですが。別にカスミ様の側近だからとか、私がカスミ様との任務に行きたかったからという私的な理由で同行した訳ではないのです。黒薔薇五華選でも誰が同行するかで結構揉めた上で、皆さんにもご納得頂いた妥当な人選なのです。


 "天竜"はカスミ様が処理して下さり、他の取り巻きは私が処分できるので戦力としては十分です。

 しかし、ここで追加の問題が。


 私達二人で戦力は十分。つまり、下手にこれ以上の護衛を増やす必要はないというのが私達の理想です。


 ところが、この会議の場で早速異議がありました。


「たった2人の女なんぞで護衛は大丈夫なのか。」

「そもそも暗殺者など信用ならない。」

「だから護衛の人数は減らせない。」


 大雑把に纏めるとこんな感じです。

 女だからと舐められる事も、暗殺者だからと疑われる事も慣れているので、そこは想定の範囲内です。

 オニキス将軍もかなり独断に近い判断でアサシノに依頼を出したという事。まぁ、暗殺者を雇いたい等というのはそう簡単に話は通らないでしょうし。

 護衛任務の成功例などの資料も持って来てはいるのですが、まぁまともに取り合って貰えません。

 そこで、妥協点を私と先方ですりあわせるのがこの会議の目的なのです。


 あれやこれやと意見をぶつけ合い、オニキス将軍のフォローもあって、何とか護衛の人数を最低限にまで抑えることはできました。

 ぶつけ合ったのは意見だけではなかったのですが。まぁ、実力はご理解いただけたのでよしとしましょう。


 さてさて、実のところ護衛を減らしたい理由は他にもありまして。

 そこはこの会議の場ではあえて触れなかったのですが、既に先のオニキス将軍との商談の際に共有済みです。


 それは、ネフェル魔帝国に潜り込んでいる密偵の存在についてです。


 今回、ディアナ姫の結界構築に対して、"天竜"が送り込まれる事になりました。

 まぁ、ディアナ姫の遠征の情報は既に帝国民にも知られているようで、オープンな情報ではあるのですが、問題なのは"天竜"への依頼が出た時期です。

 諜報班の情報によれば、どうやら情報が広まる前から"天竜"へのディアナ姫暗殺依頼は動いていたらしいのです。まぁ、各地に引っ張りだこの英雄様への依頼など、すぐにパッとできるものでもありません。その位事前に話が動いていて当然です。


 問題なのはディアナ姫の遠征が、情報公開前にバレていた事です。

 順当に考えれば情報がどこかからか漏れています。


 まぁ、その懸念があったが為に、オニキス将軍は独断で動いて護衛の戦力を探していたようです。強ち無能という訳でもないようです。

 そのご懸念は残念ながら的中しており、ネフェル魔帝国には既に外部のスパイが潜り込んでおります。


 既に何名かは特定済み。ただ、まだ未確認のスパイが潜んでいる可能性はあります。

 下手に護衛を増やすと、護衛に敵が混ざるリスクが高まります。

 私とカスミ様で対応できるとは思いますが、懐に敵を抱えているのがリスキーな事には変わりありません。

 そういった理由もあり護衛は減らしたかったのです。

 まぁ、何とか対処できる人数には減らしました。ここは課題解決です。


 他にも色々と課題解決の為のプランは持って来ているのでそれは提示しつつ、ディアナ姫遠征の計画はこの場でしっかりと固められていきました。




 こんな感じで私、きちんとお仕事頑張ってるんです。

 


「はぁ……。」


 溜め息交じりに私はオニキス将軍に案内されて、先にカスミ様が通された私達用の部屋に向かっておりました。

 私の溜め息を聞いたオニキス将軍は「はは……。」と苦笑します。


「申し訳無い。部下が無礼な真似を。」

「いえいえ。慣れていますので。」


 オニキス将軍は、私の溜め息が先の会議の場で部下が発した暴言や因縁に起因していると思っているようです。

 まぁ、先に揉めたと話した通り、割と口汚く罵られました。

 やれ暗殺者が、やれ女が、やれ子供が……まぁそれは慣れっこなんですけど。

 だったら実力見せてみろって事で組み手を挑まれたのでこってり絞ったりしました。そこで仕返しできたので別に私は気にしていません。


 私が気にしているのはカスミ様のお言葉です。


 ―――いえ。あまりにも美しかったので見惚れておりました。


 ディアナ姫に向かって投げ掛けられた言葉でした。

 

 私だってそんな事言われたことないのに……!


 ええ、勿論知ってますとも。私は全然美しくなんてないですし。

 カスミ様は私の事を妹のような存在として見てる事も理解してますし。

 言われなくても当然だときちんと理解していますとも。

 ディアナ姫もカスミ様ほどではないとはいえ、お美しい方なのも認めますし。

 嫌な方ではないのは十二分に理解はしてますけども。


 羨ましい。嫉ましい。


 カスミ様が美しいと、そう言って見惚れてしまう方をお守りしなければならないなんて。

 私の中でモチベーションが著しく下がっていくのを感じました。


 それでも、お仕事ですので。

 私はそう割りきって最低限のモチベーションは保ちました。

 ここで下手を打ったらカスミ様に嫌われてしまいます。そして、カスミ様の名声に傷を付ける事にもなります。そう。全てはカスミ様の為。

 そう自身に言い聞かせて、モチベーションを上げ直します。


 駄目よ、ユリ。自身の気持ちに流されないで。

 あなたは暗殺者、鮟鱇のユリ。

 カスミ様の側近の自覚を持つのです。


 ちゃんとスイッチは入れました。だから、溜め息ひとつくらい許して下さい。


 今ひとつ気乗りがせずに、緩く着付けたのしわをぱっぱと伸ばして直しつつ、ぴんと背筋を伸ばします。


「こちらです。」


 オニキス将軍に招かれて、カスミ様がお待ちの部屋の前に立ちます。

 そうです。カスミ様と同じ部屋にお泊まりできるのです。これは私だけの特権なのです。ディアナ姫にだって負けてません。

 パンパンと頬を叩いて、オニキス将軍に一礼してから私は部屋へと踏み入りました。


「カスミ様、只今戻りました。」


 カスミ様はベッドの上で座禅を組んで背中を向けておりました。こんな時でも気を緩めていないようです。先程までのモチベーションが恥ずかしくなります。


「ご苦労様。」


 くるりと振り返るカスミ様。労いの言葉をいただけただけでユリは幸せです。

 

「……その服装は?」


 私の格好を見て、普段は鋭い目を丸くするカスミ様。

 

「あ、えっとですね……今回の護衛にあたっての変装のようなものでして。」


 私が身につけていたのはメイド服。

 今回、私は暗殺者、護衛としてではなくディアナ姫の世話係のメイドとして同行する事になります。相手の警戒心を削ぐ為、そして世話係を装った毒殺などに対する予防策です。

 カスミ様にもいつもの装束ではなく、このお仕事用の衣装が用意されるのですが、私は先に衣装を身につけさせていただいたのです。城内に居る時から世話係として違和感をもたれないように、警戒心を抱かれないようにです。


 ぱちくりと瞬きをするカスミ様。どうやら私の格好に驚いているようです。

 似合ってなかったかな? 変に思われてないかな?

 もじもじとしてはらはらしながらカスミ様の反応を窺っていると、フッとカスミ様は優しく笑いました。


「可愛いじゃないか。似合ってる。」


 どきんと胸が高鳴るのを感じます。


 可愛い。

 可愛い。可愛い。

 可愛い。可愛い。可愛い。

 可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。

 可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。

 可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。

 可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。


 聞き間違いではない筈です。確かにカスミ様はそう言いました。

 くらっと目眩がして、背負った荷物の重さでよろめきそうになったその時、フッと音もなく消えたカスミ様がいつの間にか私の身体をそっと支えてくれていました。


「危ないぞ。ほら、荷物を降ろしなさい。」

「は、はい……。」


 少し嬉しすぎてくらっとしただけでしたが、カスミ様はそれにも気付いて私を支えて下さいました。




 ああ……なんて幸せ……!

 カスミ様が私を可愛いと言って、お気遣い下さって、優しく抱き留めて下さっている……!


 こんな幸せなのに、ディアナ姫に嫉妬するなんて贅沢もいいところ……!

 私のモチベーションがぐんぐん上がります!


「顔が赤いな……。疲れてるなら早めに休みなさい。」

「だ、大丈夫です! ユリは元気いっぱいでございます!」

「無理はしないでね。」


 そう言って、いつの間にやら私の大荷物をするりと取り上げ、カスミ様は部屋にどさっと降ろしました。ああ、なんてお優しい。


 カスミ様はずっとこうなのです。

 私みたいな相手でも、いつだって優しかったのです。

 その優しさが誰にでも向けられるものなのは悔しいけれど……今もらった「可愛い」の言葉は私だけのものなのです。


「私、頑張ります!」

「ん? ああ、頼りにしてるよ。」


 優しく微笑むカスミ様。

 頼りにしてる……ああ、なんて幸せなお言葉なのかしら。

 なんとしてでも期待に応えなければ。

 私は改めて気合いを入れ直しました。


 鮟鱇のユリ、頑張ります!



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