第10話 黒薔薇のカスミ、お守りします!




 アサシンのカスミです。


 いよいよ護衛任務の日が来ました!

 最大で一ヵ月の長期任務です!

 今まで大体一日で仕事を終えていた私には珍しい長期間の外出です!


 どうしてそんなに長期間なの?と不思議に思いましたが、どうやら目的地への遠征だけでなく、結界?とやらの構築の為にそこそこ時間が掛かる見込みらしいです。

 天……なんとかを倒したら私の仕事は終わりかと思ったのですが、一応料金は一ヵ月分戴いているのできっちり一ヵ月護衛します。

 まぁ、私からしたらあの辛気臭い里からは長期間離れられた方が嬉しいんですけどね!


「カスミ様! お城が見えてきました!」


 私の隣で大きなリュックサックを抱えて座るのは白い髪の小さな女の子、ユリ。

 小学生くらいにしか見えませんけど私の2個下15歳。これでもきちんと暗殺者で、私の後輩であり部下であり、補佐のような立ち位置の頼れる子なのです。

 大きなリュックも私の荷物を一緒に持ってくれています。私が自分で持つって言ったけど、私が持つって聞かなかったので。


 今、私はユリと並んで竜車りゅうしゃ(馬車の竜が引いているバージョンみたいなやつです。竜は二足歩行の恐竜みたいなやつでした)の中にいました。

 今まさに護衛するお姫様のいる城に向かっているのです。

 

 道中、見慣れない景色を眺めながら馬車旅を楽しんでいたのですが、いよいよ城が見えてきました。

 なんか石造りで物々しい、暗雲立ちこめる怪しいお城です。

 あれです。イメージ的には魔王城って感じです。前世でファンタジー系作品も履修してるのです。


 私、ネフェル魔帝国がどんな国なのか知らなかったのですが、馬車から見る人々を見て色々と気付いた事がありました。

 依頼にきたオニキス将軍は普通の男性という感じでしたが、どうやらこの国の人には特徴があるようで。


 どの人にも綺麗な石がくっついています。

 もっと詳しく言うと宝石のようなものが身体のどこかしらに必ずついているようです。

 額にぽつんと赤い石がついている人がいたり、胸元に黄色い石が埋まっている人がいたり、目そのものが青い石のようになっている人がいたり……ついているところや石の種類は様々ですが、必ず石がくっついています。もしかしたらオニキスさんも服の下とかに隠していたのかも?

 それ以外の見た目は普通の人間となんら変わりないのですが。


 そんな事を観察しつつ、そろそろ眠気が辛くなってきた頃合いで、ようやく目的地に辿り着きました。寝なくて良かった~。眠くなるくらいに竜車はなかなか快適でした。


「お待ちしておりました。では、こちらへ。」


 お城についたら出迎えてくれたのはオニキス将軍です。

 うーん、やっぱりイケメンですわ。眼福眼福。うちの里にはガキ臭いのとおっさんばっかですから。基本暗殺者なので根暗だらけだし。

 オニキスさんに招かれて、お城の中を歩いて行きます。外装の物々しさとに反して内装は飾り立てられていて綺麗でした。こんなところを歩けてお姫様の気分です。今から本物のお姫様に会うんですけどね。

 そして一際大きな扉の前でオニキスさんは止まりました。まぁ、私でもここが高貴な御方の部屋なのだろうと察します。

 オニキスさんが扉を開けて私達を招き入れます。


 促されるままに部屋に踏み入ると、そこは少し少女趣味な可愛らしい装飾のお部屋でした。


「ようこそいらっしゃいました。」


 私達を迎え入れたのは、絶世の美少女でした。

 幼さの残る顔立ちながら、佇まいには大人びた雰囲気を纏い、ぱっちりとした大きなおめめときらきらとした淡い水色の瞳、小っちゃいシュッとした感じの鼻と……なんかもう色々と整ってて少女漫画の登場人物を実写化したらこんな感じなんだろうなって。

 絹の糸のような白い長髪、お姫様という割りには少し控えめなドレスや装飾、そして何より目を惹いたのはその額についたダイヤモンドのような宝石でした。


 その額の宝石は装飾品という訳ではありません。それは明らかに彼女の額から生えていました。

 まるで角のように尖った宝石は、思わず見惚れるような美しさでした。


「ディアナ・ネオトゥスと申します。」


 にこりと微笑み自己紹介をするディアナ姫でしたが、私は惚けてしまっていたようです。この世界に来てから血生臭いものばっか見てきて、此処まで美しいものを見たのが初めてで……というか前世でもこんな宝石見た事なかったので。

 綺麗で見惚れていたというのもありますが、まぁ一国のお姫様が相手という事で緊張もしていたんでしょう。正直城に入ったあたりからそわそわしてたので意識が定かではありませんでした。

 あっ、いけね。返事するの忘れてた。とか気付いた頃にはディアナ姫は不安げな顔でこちらの様子を窺っておりました。


「あ、あの……どうされましたか?」


 ごめんなさい不安にさせちゃって!

 怖いよね! だって、暗殺者が急にダンマリしだすんだもんね!

 大人びた表情から小動物のような怯えた表情に変わってしまい、私は慌てて「いや!」と手を振って笑みを作りました。

 別に不機嫌な訳じゃないんだよ、という事を説明しないといけません。


「いえ。あまりにも美しかったので見惚れておりました。」

「えっ……。」


 なんで口説くみたいな事言ってるんだ私。

 理由を説明するにしてももっと他にあっただろ!

 嘘は吐いてないですけど、私はいきなりお姫様口説く程ナンパな女ではありません! いや、転生した動機聞いたらナンパだと思われても仕方ないですけどね!

 ディアナ姫は額の宝石の角の辺りに手を添えて、頬を赤らめて目を伏せました。


「あ、あの……気味悪くは思わないんですか?」


 気味悪く……? いや、このお姫様が気味悪かったら私達醜悪なモンスターですよ。いや、それは言い過ぎだろ。

 しかし、何やら宝石の角を気にしている手振りを見て、私はははーんと察します。

 角を気にしているんでしょう。私は綺麗な角だなぁ~と思いましたけど、まぁ珍しい特徴ですもんね。

 しかし、あれは角なんですかね。角とか言ったら失礼でしょうか。何か良く分からないけど。

 下手な事は言わないように、言葉を選びつつディアナ姫に私は素直な気持ちを告げます。


「とても美しいですよ。私が見た中で一番です。」


 見栄張りました。実は前世から通してダイヤモンドの実物を見た事ありません。

 私が見た初めてのダイヤモンドだったので、一番なのは嘘じゃないんですが。

 下手につのとも呼べないし、宝石と言って「実は身体の一部です。」とかなったら変な地雷踏んじゃうかも知れないので、曖昧に"何が"美しいのかは言わずに誉めちぎりました。

 ディアナ姫の顔はますます赤くなります。照れてるのかな? かわいい。


「あ、ありがとうございます。」

「申し遅れました。カスミと申します。宜しくお願い致します。」


 とりあえず名乗ります。ちなみに『これがお前の好感度(クラスメート)』は使っていません。流石にお偉いさんにガンつけたらまずいので。好感度見えないのは不安ですが。

 クソデカリュックを背負ったユリを見下ろせば……なんかめちゃくちゃ眉間にしわを寄せて下唇を噛んでいました。なんだその顔こわっ。せっかくの可愛いお顔が。

 お腹でも痛いのかな? 長旅だったし。

 でも、流石にこの顔はお姫様の手前まずいので、私はとんとんとユリの肩を叩いて声を掛けました。


「ユリ。」

「……あっ、し、失礼しました! カスミ様の補佐を務めますユリと申します! よろしくお願い致します!」


 ハッとしてすぐにぺこりと頭を下げるユリ。どうやら大丈夫そうです。

 ってか、私頭下げ忘れてたわ。まぁ、怒られてないしええか。

 とにもかくにもこれにて一度顔合わせはできたので一安心です。

 魔王城かよっていう物々しい城を見た時には大丈夫か不安にもなりましたが、ディアナ姫も可愛らしくて良い人そうですし、オニキス将軍もイケメンなので個人的にはこのお仕事には大分前向きになりました。


「本当に、よくいらしてくれました。心より感謝を申し上げます。」


 ディアナ姫が深々と頭を下げました。

 お姫様がそんなに頭下げちゃっていいのかしら。


「お気になさらず。仕事ですので。」


 此処まで畏まられても困りますので、そんな事を言ってみます。

 お金を貰ってるので来るのは当たり前。感謝の気持ちはお代で戴いているのです。

 それでもまだどこか申し訳なさそうな顔で、ディアナ姫は少し無理をしたような笑顔を浮かべました。

 何をそんなに申し訳ないと思っているのか。まぁ、良い人そうですし私達にお仕事を頼む事が後ろめたい事と思っているのでしょう。暗殺一族ですからね。そら怖いし、後ろめたい気持ちにもなるでしょう。平気な顔して依頼に来る奴らには見習って欲しいものです。

 健気に笑顔を作ろうとしている姿がとても痛ましく思えてしまって、淡泊に仕事ですと言うだけなのも申し訳なくなり私は笑顔を返しました。


「必ずやお守り致します。」


 私の命に代えても。……とか言えたら格好良いんですけどね。

 まぁ、死ぬつもりもないですし。それに変に私の命がどうこう言ったら気に病みそうなお姫様だったので、全然余裕ですよって感じの事を言おうと思いました。


「楽勝で。それはもう余裕で。」


 ちょっと調子こいてるみたいな言い口になってしまいました。失敗。

 天……なんだっけな。天童だっけか? いや、何か違ったような。

 今回襲ってくるなんたらっていう暗殺者がどれだけのものかは知りませんけども、まぁ私も結構強いのです。多分大丈夫でしょう。一応、負けない……というか保証はありますしね。


 そんな私の調子こいてる一言でディアナ姫がどう思うかは心配だったのですが……。


「……うふふ。はい。頼りにしております。」


 どうやら笑ってくれたようで。ある意味ナイスジョークだったのかな?

 可愛い笑顔だなぁ。護ってあげたくなっちゃいます。私が男だったら惚れてますよ。こういう健気でかよわい女の子がモテるんやろうね。……あれ、もしかして私モテない要素多すぎ?


「到着されて早速で申し訳ないのですが、今回の護衛の詳細についてお話をさせていただいてもよろしでしょうか。」


 オニキス将軍がそう言うと、前に出たのはユリです。


「承知致しました。詳細は私がお伺いします。」


 事務的なあれこれとかは私が聞いても分からないので、雑務的なものとしてユリが処理してくれるのは通例です。非常に助かるのです。


「では、カスミ殿は先にお部屋にご案内しましょう。」


 どうやら部屋を用意して下さるそうで。お城のお部屋って豪華なのかな? 楽しみですね。


 依頼人も護衛対象も良い人そうですし、待遇も良さそうですし、久し振りに楽しいお仕事になりそうです。


 この時の私はそんな暢気な事を考えておりました。

 これから起こる事など全く知らずに。



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