第6話 アサシンカスミ、祝杯をあげます!




 アサシンのカスミです。

 何かこの前貰った金華章という勲章が結構凄かったみたいです。

 取り巻きの子らは些細な事でも私を褒めてくるので、いつものその調子だと思ってたら、いつにも増して凄かったみたいです。

 お祝いをしようという私の世話係兼補佐のユリに、私は面倒臭いのでいいと言ったら、かなり強めにお祝いさせろと迫られたのです。

 私としては女子会みたいなの苦手なので、取り巻きの子達と飲み会みたいな事するの嫌だったのですが、どうしてもと迫られて断り切れませんでした。

 

 そこで私は大人数で集まるのは嫌だと告げたところ、一部の代表者のみで集まろうという事になった訳です。

 いつの間にやら里の料亭の予約を取っていたユリに連れられて、私は金華章受勲のお祝いとやらに出席しました。


 料亭に集まっていたのは、私の取り巻きの中でも割と目立つ子達五人です。


 まずは私を連れ来た白いおかっぱ頭の小柄な女の子、私の世話係兼補佐の後輩、ユリです。

 大人しそうなあどけない少女に見せかけて、その幼い見た目と可愛らしい顔、人懐っこそうな仕草を巧みに操り、諜報暗殺と何でも熟すくノ一のような少女です。

 この可愛い見た目に反して『鮟鱇あんこうのユリ』という異名を持ちます。鮟鱇というのはあのグロテスクな魚です。多分、自身の可憐で幼い見た目を活かして暗殺する様を、疑似餌で獲物を釣り出し仕留めるチョウチンアンコウになぞらえて付けられた異名でしょう。


 既に席に着き、正座でお行儀よく待つ、赤いリボンがトレードマークの、長い紫髪で右目を隠す顔色の悪い女の子。

 私の二つ下の後輩でかつてのいじめられっ子、今では里でも有数な女暗殺者のアザミです。

 少し内気で人当たりが良くないものの私には素直に接してくれる良い子です。

 しかし、ついた異名は『劇毒げきどくのアザミ』。劇毒て。毒殺とかが得意なのかな?

 私の事を「お姉様」と呼びますが当然血は繋がっていません


 そしてもう一人の後輩、桃色のツインテールのきゃぴきゃぴとした元気娘。

 私の一つ下の後輩で、養成所時代は私に楯突いてきたのですが、手合わせを繰り返していく内に次第に懐いてきて今ではすっかり牙が抜けたスモモです。

 ちょっと思わせぶりな態度が多いので里の男にはモテるところが若干腹立ちますが、人当たりがいいので話していて楽ではあります。

 『奸計かんけいのスモモ』の異名を取る有望な暗殺者でもあります。

 奸計ってのがよく分からないけど。


 後輩はここまで、次は同期の黒髪ポニーテールに黒い薔薇の眼帯をつけた高身長美人。お前が黒薔薇で良いだろ、って見た目です。

 養成所時代から共に技を磨いてきた仲間であり、実は取り巻きの中でも最も付き合いの長い女の子、クロツメ。

 ちょっと何言ってるのか分からないけど、色々と気が利く子で養成所時代から何かと助けてくれました。

 自称『邪眼じゃがんのクロツメ』です。多分中二病だと思います。


 最後に、緑色の三つ編みを垂らすおしとやかそうなボンキュッボンな大人女子。

 この方は私の養成所時代からお世話になっている先輩のクルミさんです。

 大人しそうでおしとやかな見た目にそぐわず、おっとりとした優しい人で、養成所の卒業後も何かと世話を焼いてくれる先輩です。

 暴走しがちな私の取り巻き後輩組をしっかりと叱ってくれる頼りになる先輩でもあります。

 『ナッツクラッカー』とアサシノ一族で主流の『ナントカのナントカ』とならない変わった異名で知られています。なんでも名付けのきっかけになったのは里の外での出来事だからだとか。


 ユリ、アザミ、スモモ、クロツメ、クルミさん。

 この五人が今日のパーティーに集まった全メンバーであり、他の取り巻きの子達の代表として訪れたようです。


 料亭の一室を借り切ってのパーティー。並ぶ豪華な料理。ちょっと気合い入れすぎじゃない? って思った辺りで結構な勲章貰ったんだなぁと改めて自覚しました。

 無理矢理ユリに引っ張られてくる形だとはいえ、私の為にこういう会を開いてくれた事には感謝しなければならないでしょう。そこら辺は人としての礼儀として弁えています。

 既に席について待っていたメンバーに向けて一言挨拶します。


「今日はわざわざありがとう。こんな会を開いてくれて。」


 真っ先に声を上げたのはアザミでした。


「勿体なきお言葉……! お姉様の為であれば当然の事ですわ! 本来であれば、もっと盛大な式を開きたかったのですが……このような形になりむしろ申し訳なく思っています!」

「いや、派手にやらなくていいと言ったのは私だから。」


 いちいちオーバーリアクションでグイグイ来るのがアザミ。

 まぁ、この子を昔助けてくれた時から私に感謝し過ぎてるようで、『これがお前の好感度(クラスメート)』で見たこの子の私に対する好感度は92%です。異性なら結婚してるレベル、心酔と言っていいくらいに私が好きすぎるみたいです。

 まぁ、好かれる分にはいいんですけどね。嫌われるよりは。


 今まで私はグロリオみたいな異性、つまり私の好みのタイプじゃない異性には優しくしないのですが、恋のライバルや同性の敵対関係を増やしたくないので女の子には割と優しくしていました。その甲斐もあって里の女の事は大体友達です。


 私がグイグイ来るアザミを手で制すると「キャハハ!」と甲高い声でスモモが笑いました。


「ほんっと、カスミンパイセンは謙虚だよねぇ~! 金華章取ってもさも当然みたいな顔してっし! っぱ、カスミンパイセンにとっちゃ、こんなの通過点みたいな感じっすか?」

「そういう訳じゃない。」


 別に通過点とか思ってる訳じゃなく、養成所時代に座学周りサボってたから勲章云々の話を覚えていないだけです。

 勉学というか記憶力については『恋愛百式』のチートで何とかなる部分もありますし、その気になれば今でも思い出す事もできるのですが、ちょっと条件が面倒臭くてやってません。

 アザミは何でも私をヨイショしてくるタイプですが、スモモはこんな感じで茶化したりフレンドリーに接してくるタイプの後輩です。

 かるーい感じの彼女の私への好感度は80%。異性なら恋愛感情を抱いているくらいですが、まぁ多分同性なので強い友情を感じているくらいでしょう。


「まぁまぁ。とりあえず乾杯しましょうよ。ほら、カスミちゃんも座って。」


 私に座るように促すのは先輩のクルミさん。

 私の取り巻きをまとめてくれて、私を過剰に持ち上げない頼りになるお姉さんです。この人がある程度諫めてくれると、割ときゃいきゃい言ってる取り巻きも黙ってくれます。笑顔でニコニコしながら怒るので私も割と怖いと思っている人です。

 私への好感度が95%くらいあるのは若干気になります。まぁ、90%辺りで結婚レベルと考えると、私の事を妹みたいな家族的なものとして見ているのでしょう。


 クルミさんに座らされて、全員でグラスを手に取り、音頭を取るのはユリ。


「それでは、カスミ様の金華章受勲を祝して……かんぱーい!」


 かんぱーい、と全員でグラスを掲げます。

 私はお酒が駄目なのでジュースを一口ぐびりと飲めば、各々グラスに口をつけました。

 ユリは乾杯が終わると、更に幹事として会を取り仕切ります。


「えー、今回私達『黒薔薇五華選くろばらごかせん』、各々の軍団と相談してお祝いの品を用意して参りました。」


 ちょっと待って。『黒薔薇五華選』ってなんだ。私の聞いた事ない単語が出てきたんだけど。これ、私だけ知らないやつ?

 何か当然のように周りが受け入れているので、多分私だけ知らないやつだ。

 こういうの聞くのって勇気いりますよね。私聞けないタイプ。

 

 まぁ、何も言わなくても適当にうんうん頷いておけば誤魔化せるかなと黙っています。


「まずは、私の軍団からの贈り物です。」


 そう言ってユリがひとつの包みを差し出してきました。

 ちょっと待って。さっき聞き逃してたけど軍団って何? この子なんか組織してるの? 私全然知らないんだけど。

 とりあえず差し出された包みを受け取りました。


「あ、ありがとう。」


 プレゼント自体は嬉しいのですが、私の知らない何かが動いていて結構戸惑っています。

 私の『恋愛百式』にも引っ掛からない情報な辺り、多分恋愛イベントと絡まない何かが進行しているので私には知る由もありません。


「次はわたくしの軍団から。お姉様にきっと似合うと思いまして。」


 続いてアザミが私に擦り寄ってきます。

 私の右手を取り、その指にはめるのは何と指輪です。しかも薬指にはめてきました。結婚かな?

 その後、私の手を少しすりすりしています。

 

「お似合いですわ。」


 そう言ってアザミはにっこりと私に笑いかけてきました。

 うん。ちょっと重い。


「アザミン、ちょっち重くね?」


 私の思ったことを言ってくれるのはスモモです。

 スモモの一言に、アザミの目の色が変わりました。いつもうっすらと開いていた目がぎょろりと開き、ぐるんと首だけが回ってスモモを睨み付けます。怖っ! なんかホラー映画で見たことあるやつ!


「貴女のお姉様への愛は軽すぎるのでなくて? この程度の愛を重いと口走るなんて……同じ『黒薔薇五華選』として恥ずかしいですわ。」


 だから『黒薔薇五華選』ってなんなんですか。四天王的なあれですか。

 しかも『黒薔薇』っていうの恥ずかしいからやめろっていつも言ってるのに、何かそれを名前に冠した序列でも作ってるのかこいつら。

 

 ……まぁ、それはそれとして。

 アザミがキレてる声めちゃくちゃ怖くて若干私引いているので、そんなツッコミできないんですけども。なんなのこの子。いじめられっ子だったじゃん。こんな威圧感出せるの初めて見たんですけど。

 対するスモモはというと……。


「カスミンパイセンにも迷惑だっつってんの。その手を離せよ根暗女。」


 バチバチにやりあう気満々なんですけど。


「迷惑……? わたくしが……迷惑……? 口を慎め……この……クソビッチ……!」

「なになに? アザミン、あたしとヤッちゃう? 別にあたしはかまわねーけど?」


 嘘じゃん。アザミがこんなに口汚いの初めてみたじゃん。大人しい子だったじゃん。

 あと、スモモもここまで他人にバチバチ喧嘩売るの初めてみたじゃん。気さくでフレンドリーな良い子だったじゃん。

 なんか私の知らない裏の顔みたいなの出てきてるんですけど。

 流石に止めた方がいいよね?


 なんて思っていたら、バリン!と何かが割れる音がしました。


「お痛が過ぎますよ……アザミ……スモモ……。」


 クルミさんがグラスを握り潰していました。

 口が笑ってますけど、目がカッ開いてました。はい、怖い。

 ピリリ、と殺気が料亭の一室に駆け巡ります。それに気圧されたのか、アザミとスモモは僅かに顔を強ばらせました。


 しばらくの沈黙。私もう帰りたくなってるんですけど。


 やがて、静寂を破ったのはクルミさんでした。


「……ほら。せっかくのカスミちゃんのお祝いですもの。喧嘩はやめましょ?」


 カッ開いた目が閉じて、にこりとクルミさんが笑いました。

 ごくりと息を呑む私。ピリピリとした空気を張り巡らせているアザミとスモモ。

 クルミさんの制止から少し遅れて、ユリが立ち上がり手をパンと叩きました。


「さ、さぁ! 次の贈り物に移りましょう! ほら、スモモさんどうぞ!」


 うーん、いやつ。ピリピリした空気を和らげようと取り仕切ってくれてる。

 ユリの一言で、バツが悪そうにスモモは頬をぽりぽりと掻くと、ぼそっと呟きました。


「……すんません。」


 すると、アザミも目を細めて頭を下げました。


「わたくしも熱くなりすぎました。祝いの席で申し訳ありません。」


 クルミさんが引き締めてからの、ユリの無垢な締めで何とか喧嘩は避けられました。でも驚いたわ。仲良しかと思ってたのにあんな風に言い合いする事あるのね。


「……えーっと……じゃあ仕切り直して! カスミンパイセン、あたしからはこれをどーぞ!」


 スモモが無理した笑顔を浮かべて、私に包みを差し出した。

 養成所時代からムードメーカー気質の子だったのだが、たまに歯に衣着せぬ物言いをするよねとは思っていた。今日はちょっとそれが災いしちゃったんだよね。

 まぁ、私もちょっとアザミのは重いかなぁ~と思ったから言ってくれたのは有り難かったりもする。

 励ますつもりで笑いかけると、スモモは頬を掻いてにひひと笑った。


「では、次は私から。これをどうぞ。」


 今までの手のひら大の包みとは違い、ちょっと大きめの風呂敷を渡してくるのはクルミさん。どうも、とこれを受け取る。

 それにしてもさっきのクルミさん怖かったなぁ。パッパとグラスの破片がついた手を叩いてるのを見ると、今の笑顔があってもさっきの顔を思い出しちゃいます。


 さて、最後は同期のクロツメ。なんかさっきから一人だけダンマリだけど。


「同志黒薔薇。我が『黒死連こくしれん』よりはこれを。」

「黒薔薇って言うなって。どうも。」


 同期なので幾分か気さくに一つの箱を受け取りました。

 なんかこくしれん?とか意味不明な事言ってるけど、クロツメは割といつも意味不明な事言ってるので多分深い意味はないでしょう。養成所時代からこいつの言うことまともに聞いてて役に立った試しがないのです。

 意味分からない事言ってますけど私への好感度は70%と結構高め。クロツメは割と好感度の上下が激しいので、ちょいちょい見てないと怖いやつでもあります。




 途中若干空気悪かったのですが、なんやかんや五人から贈り物を受け取り、パーティーは再開しました。

 まぁ、こういう会合って面倒臭いけどいざ参加して飲み食いしてると割と楽しくなってくるもので。贈り物も貰って祝って貰えると嬉しくなっちゃう訳です。


 会食が始まってからは先程の険悪さはどこへやら、みんなで楽しくあーだこーだと談笑しながら、楽しい時間が過ぎていきました。


 男っ気のない暗殺者の里に生まれたけれど、こういう日常も割と悪くないかな? とか思ってしまう日になりました。




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