第5話 黒薔薇のカスミ、許すまじ!
『黒薔薇一派』。
ここ最近最も里で注目されている新人『黒薔薇のカスミ』が率いる、女暗殺者達の集いを指す。
里の大通りを『黒薔薇のカスミ』を先頭にしてずらりと並んで歩く様、通称『黒薔薇行列』を里の者達は畏敬の念を込めて見つめている。
分かっているだけでも所属するのは30人。行列に加わらない構成員も居るらしい。
今最もアサシノ一族の中で幅をきかせている集団だ。
彼女がアサシノの里で台頭する事になったきっかけがある。
それが、彼女が『黒薔薇のカスミ』と呼ばれる理由ともなった事件、『黒薔薇事件』だ。
当時のアサシノ一族の若手の筆頭となっていたのは『影狼のジャノメ』の異名を取るホープ、ジャノメであった。
養成所を最速で卒業し、一躍若手のトップに躍り出た彼は『影狼団』という若手の集団を率いるようになる。
中堅、ベテランにも匹敵する功績を上げ続け、将来の長候補とまで言われるようになった偉大な男だ。
事件は『影狼のジャノメ』と『黒薔薇のカスミ』の間に起こった。
当時、女暗殺者は男暗殺者と比べても身体能力の差から大きく劣ると見られており、搦め手を多用する事からも一部の男暗殺者から低く見られていた。
そんな中、突如として彗星の如く現れた天才女暗殺者がいた。
その天才女暗殺者がカスミである。
破天荒かつ奇抜な行動を取る変人として奇異な目で見られつつも、その実力は折り紙付きでたちまち養成所で注目される存在となっていった。
搦め手なしでも同期の男暗殺者さえも圧倒するその実力は、次第に中堅以上の暗殺者達にも認められ、里長ですら『千年に一度の天才』と評価した程である。
カスミには養成所時代から既に多くの女暗殺者が憧れと畏敬の念を向けていた。
その実力の為だけではなく、カスミが養成所内にて執り行った『平等政策』と呼ばれる活動による影響が大きい。
カスミは養成所内で軽んじられ虐げられていた一部の落ちこぼれ女暗殺者達を守り、虐げたものに対する報復を行ったのだ。
その活動範囲は次第に広がり、女暗殺者の地位向上の為に、彼女に救われたもの、憧れたものが集まり大きな活動になった。
彼女は己の腕一つで養成所内の男尊女卑の風潮をねじ曲げてしまったのだ。
こうして、養成所内の女暗殺者達が集まり一方的にカスミを祭りあげた集団が、後の『黒薔薇一派』の先駆け『カスミファン倶楽部』である。
カスミがジャノメと並ぶ養成所卒業最速記録を達成した頃には、カスミの影響力は既に里内にも広がる程になっていた。
事件は此処から始まる。
カスミと、それに率いられた女暗殺者の地位向上を快く思っていないものもいた。
彼女達を見下していた一部の男暗殺者である。
彼らは度々『カスミファン倶楽部』のものと諍いを起こしていたのだが、事件の発端となったのは『影狼団』に属する男がカスミに叩きのめされた事である。
男はカスミに負けた事を、ジャノメに報告した。
自身の非を一切伝えずに、カスミが一方的に『影狼団』を狙ってきたと報告したのだ。
ジャノメは仲間想いの男だった。仲間を疑う事なく、それを信じてカスミと対立する事になった。
互いに多くの配下を抱える者同士。
『カスミファン倶楽部』と『影狼団』の大規模な抗争が予想され、中堅以上の暗殺者達もその動向を注意深く見ていた……のだが、その危機はジャノメの提案でなくなった。
ジャノメは配下の者達が争う事により余計な被害が出ることを避ける為に、カスミに一騎打ちによる手合わせを申し出たのだ。
カスミもこの一騎打ちに応じ、二つの新人暗殺者グループは代表の手合わせにより全ての白黒付ける事に合意した。
結果は見るも無惨。ジャノメはカスミに敗北した。
それも、一方的かつ一瞬で、圧倒的な敗北であった。
結局、影狼団は全面的に非を認める事になり、カスミファン倶楽部の要求に従い、彼女達にちょっかいをかけた団員は処分を受けた。
若手のホープの権威は転落し、影狼団は解散する事になる。
この事件をきっかけに、養成所時代から続いている『触れればタダでは済まない』危うさ。そして、その漆黒の髪と瞳からカスミは『黒薔薇のカスミ』と呼ばれるようになり、カスミファン倶楽部は『黒薔薇一派』と名を改めて更に拡大する事になった。
後に全て事の経緯、真実が明るみになり、影狼団に全ての非があったと里では認識されているのが現在のこと。
その事実を俺は認めている。
それでも、俺は『黒薔薇のカスミ』を倒さなければならない。
ジャノメ―――俺の兄を破りどん底に叩き落とした奴に落とし前をつけるため。
そして何より、俺の憧れていた兄を超えた女を超えるため。
俺はグロリオ。
いずれジャノメを、カスミを超えて、アサシノの里一番の暗殺者になる男である。
「もうやめたらどうだ?」
俺の脇腹に湿布を貼りつつ、兄貴は困った様に笑った。
カスミに敗れて以来、すっかり牙の抜けてしまった狼となってしまったかつての影狼。今は細々と任務を熟しているものの、俺が憧れたギラギラとした輝きは失われていた。
「絶対にやめない。今日、僅かに希望は見えたんだ。アイツの攻撃をある程度凌げた。」
今日も俺はカスミに挑み負けてしまった。
つい先日にカスミは某国にてクーデターを目論んでいた軍部の幹部の暗殺任務に成功したらしい。警備が厳しく、相手も腕利きの戦士あがりでありながらも、一週間という厳しい期限にもかかわらず、何と依頼を受けた一日で終わらせてくるという驚愕の戦果を上げた。
その仕事の迅速さと大手柄から、依頼先からは報酬も多く出され、アサシノの名を上げる働きであったと歴史に残る暗殺者として金華章まで受章したという。
その功績を成し遂げたのも納得できる強さであった。
速い、とかいうレベルじゃなかった。
あれはもう消えたとしか思えないスピードだった。
意識を張り巡らせていても、その意識をすり抜けるように死角に移動し襲い掛かってくる。それを休まずに繰り返す。
しかし、殺意や敵意に反応しての回避訓練の効果はあった。
「凌げただけ、なんだろう? どうやって勝つつもりなんだ?」
「そ、それは……。」
俺も分かっていた。
あくまで時間を稼ぐ事しかできていなかったことくらい。
攻撃する余裕もなかった。途中で何かが割れる音に気を取られて集中が途切れたせいで被弾した……あの事故さえなければまだ耐えられたが……息切れ一つしていないカスミを見て、先に限界を迎えるのは俺だという事も薄々気付いていた。
兄貴は言い淀む俺を見て言う。
「私は負けた事に納得している。あれは本物の天才だ。調子に乗っていた自分が恥ずかしくなるくらいの。」
「……そんな話聞きたくない。」
「聞け、グロリオ。」
負けた事に納得する。勝つ事を諦める。そんな情けない兄貴は見たくなかった。
「私の復讐なんて考えなくて良い。あるべき姿に戻っただけだ。」
「べ、別に兄貴の為にやってる訳じゃ……。」
「それなら別にいいんだ。」
俺を見て兄貴はフッと笑った。
「安いプライドなんて捨てろ。もっと彼女から色んなものを学び取れ。互いに切磋琢磨しろ。そして、いつか俺より強くなってくれ。」
託すような言い方が気に食わなかった。兄貴だってまだ終わってないのに。
「言われなくたって超えてやるさ。兄貴も、カスミも。」
絶対にこのまま終わらない。
まだまだその壁の高さが見えないが、それでもいつかはその壁を越えてみせるのだ。
俺は天才暗殺者『影狼のジャノメ』の弟なのだから。
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