第7話 鮟鱇のユリ、悩んでます
私はユリと言います。
暗殺者一族アサシノに生まれた暗殺者です。
そして、歴代最高峰の女暗殺者"黒薔薇のカスミ"様の付き人であり、彼女の元に集った派閥"黒薔薇一派"の最高幹部"
ちなみに、暗殺者としての異名は"
私、実は最近悩んでます。
カスミ様の素晴らしさの布教とその大いなる野望の達成の為に集めた戦力である"黒薔薇一派"……その中でも特に優れた戦力である筈の"黒薔薇五華選"ですが、私以外の四人が結構な問題児です。
今日はカスミ様の金華章(アサシノ一族の中でも歴史に名を残す偉業を達成した者にだけ贈られる凄い章です。一世代に一人もいない事が普通です)受勲をお祝いする席でも、彼女達はあろう事かカスミ様の目の前で喧嘩を始めようとしました。
そうなのです。彼女達はカスミ様に尻尾を振ること以外のコミュニケーション能力に致命的に欠陥があるのです。
彼女達の扱いに最近特に困っているのです。
お祝いの席が終わり、早々にお帰りになったカスミ様を見送った後に、同じ料亭に私達五人は残って"定例会"を開きます。
今日はあくまで祝いの席。そして、細かい事務仕事にカスミ様のお手間を取らせる訳にもいかないので、こういった業務上の会議はカスミ様の居ないところで行い、後に付き人の私から取り纏めて報告をする事になっています。
「では、"黒薔薇五華選"の定例会を始めようと思います。」
はーい、と返事をしてくれるのはクルミ先輩だけです。
きちんとコミュニケーションを取ってくれるのは普段のこの人くらいです。他のメンバーは実に無愛想にどかっと構えて、私に目さえくれませんでした。
このくらいでは私も怒りません。はぁ、と溜め息を零して私は話し始めました。
「皆さんも時間を取りたくないでしょうし、ぱっぱと進めましょう。各々の活動報告をお願いします。アザミさんからどうぞ。」
紫色の髪で硬めを隠し、赤いリボンを結んだ根暗そうな女暗殺者。
"劇毒のアザミ"の異名を取る毒殺のエキスパートであり、"黒薔薇一派"に仇なす敵を排除する"暗殺者を暗殺する為の組織"―――"
アザミさんは気怠げにはさりと前髪を払うと、ふぅ~とやれやれと言いたげな溜め息をつきました。
「"
アザミさんの言う花を贈った。
勿論、言葉通りにお花をプレゼントしたという意味ではありません。
ある意味ではお花をプレゼントしたとも言えるのですが……。
既に動いた後でしょうに、未だに騒ぎになっていないのを見ると……本当にこの人が敵で無くて良かったなぁと思います。敵でなくても怖いのは怖いのですが。
「素晴らしいです。アザミさんのお仕事は本当に静かで的確で信頼しています。」
「その言葉があなたではなくお姉様から頂けていれば嬉しかったのですけれど。」
「きちんとカスミ様には報告しますので。」
アザミさんは常にカスミ様一筋です。
カスミ様に好意を抱く他の"黒薔薇一派"にすら敵意を剥き出しにする程に嫉妬深く、独占欲が強すぎるのが怖いところです。まぁ、"黒薔薇一派"を害する事はカスミ様の不利益に繋がると話してからは、ライバルを蹴落とす事はやめてくれたのですが……彼女の配下"徒花衆"は完全にアザミさんの飼い犬のようになっています。
私からの褒め言葉もろくに受け取らないのも困りものですが、カスミ様へ報告すると約束すればフンと不機嫌そうながらもこれ以上の文句は言いませんでした。
「続いて、スモモさんお願いします。」
「うぃーっす。」
桃色ツインテールの軽薄そうな女暗殺者。
"
毒や暗殺術といった技ではなく、様々な策を弄して陥れるような形でターゲットを消し、ただ殺すだけではなくターゲットを貶める為の工作もできる厄介な暗殺者です。彼女の手に掛かれば、命だけではなく社会的にも抹殺されてしまうのです。
「"
アザミさん同様にスモモさんの言う種も、お花が生まれる種の事ではありません。
"
既に多数の重役に対する工作が完了しており、合図一つで里に大混乱を起こす事ができる段階にまで状況は整ってきています。
「見事な手並みです。いずれ来たるべき時まで、種蒔きは引き続きお願いしますね。」
「うぃーっす。」
アザミさんのようにいちいち噛み付きはしないものの、気の抜けた適当な返事しか返さないスモモさん。彼女もまた、"黒薔薇一派"に仲間意識は持っていません。
かつてはカスミ様にすら楯突いていた狂犬でしたが、今ではすっかり飼い慣らされました。仲間に置くには少し怖い工作員ですが、カスミ様が始末していない辺りは、カスミ様に不利益をもたらす存在にはなり得ないのでしょう。味方であれば心強い存在ではあります。
「では、クロツメさんお願いします。」
「承った。」
黒いポニーテールを揺らす、黒薔薇の眼帯を付けた中性的な顔立ちの女暗殺者。
"
異名にもなっている"
噂にしかならないのは、彼女の眼を見たものが覚えていないか、もしくは彼女の信奉者になるか、廃人になってしまったからです。少なくとも、そういう事ができる恐ろしい女暗殺者です。
「"
クロツメさん率いる"
この里を、この国を、この世界を憂いて、カスミ様の協力者として身命を賭して全てを変えようとする謂わば国士の集まりです。
広報と言うと先の二人の率いる団体と比べると大人しく聞こえますが、クロツメさん直下の配下となるこの軍団、他の軍団よりも余程強く思想や理念を刷り込まれており、恐ろしいまでの忠誠心と自身の命を捨てる事すら厭わない兵隊と化しています。
その勧誘力や洗脳じみた統制力が、クロツメさんの"邪眼"により説得力を持たせています。
「お見事です。引き続き、来たるべき日に備えて下さい。」
「承った。全ては同志黒薔薇の為に。」
クロツメさんはたまに意味不明な事を言い始めますが、基本的には余計な波風は立てないタイプです。"黒薔薇五華選"で唯一のカスミ様の同期であり、昔は友人として私ではなく彼女がカスミ様のフォローをしてきたそうです。
盲信、狂信の域にまで達してカスミ様を信奉する面々と比べれば忠誠心に疑問はあり、たまに意味の分からない妄想に取り憑かれたような言動をするので怖くはあります。しかし、恐ろしい力を持っている敵には回したくない油断ならない人です。
「最後にクルミ先輩、お願いします。」
「は~い。」
緑色の髪を三つ編みにする、大人しそうな女暗殺者。
ニコニコといつでも笑顔を浮かべており、きちんと私の呼び掛けにも返事をしてくれる彼女が、実はこの中で一番"ヤバイやつ"なのです。
"ナッツクラッカー"という異名を取る彼女の、本来の称号は"
暗殺の腕はハッキリ言ってこの中でも最低です。ここで誤解されては困るのが、あくまで暗殺の腕が、最弱ではなく最低という部分です。
とにかく彼女の殺しは汚いのです。
「"
何もしていないように聞こえる一言も、この場にいる暗殺者達からしたら意味が違ってきます。
彼女は"相変わらず"と言いました。
いつも通り、派手に、大量に仕事を熟しているのです。
"桜花衆"は"黒薔薇一派"の中でも武闘派揃いの軍団です。暗殺者としての腕はそこそことしても、とにかく"殺し"に長けた者達が集められ、クルミ先輩によって調教されています。
こうやってあっさりと話してくれる事自体が、彼女の私達への気遣いなのです。
"桜花衆"の殺しを見た者は、アサシノの暗殺者であっても最初は数日間ご飯をろくに食べられなくなると言われています。
恐ろしい人ですが、外部に"黒薔薇一派"の恐ろしさを知らしめるという意味ではこの上ない人です。
「相変わらずなようで何よりです。頼りにしてますクルミ先輩。」
「は~い。」
おっとりとした返事も、穏やかな表情も、全ては擬態。
そういう意味では私に似ている先輩であり、つまりは信用ならないという事でもあります。
"黒薔薇五華選"は各々の役割を果たしているようです。
最後は私が報告をします。
と言っても、私から話すことは基本的に少ないのですが。
「では最後に私の"
私は"黒薔薇一派"のまとめ役。
活動資金や人員の配置等々の裏方仕事が主な役割です。
大体は紙面で済ませる報告なので、あまりこの場で喋ることはありません。
一通り各軍団の重要事項の報告を終えて、私はパンと手を打ちました。
「では、報告会は以上です。何か他に議題にしたい事はありますか?」
一応聞いておくのですが、どうせ結果は分かっています。
スモモさんが手を挙げます。
「アザミのプレゼントがきしょい件について。」
「はぁ!?」
そう。大体この後揉めるのです。
実力派揃いの"黒薔薇五華選"。
"黒薔薇のカスミ"の敬虔な信者である事には間違いないのですが、彼女達同士は同胞である以前にライバルなのです。
よりカスミ様のお役に立ちたい、よりカスミ様の寵愛を受けたい、よりカスミ様のお近くに寄りたい……自分一人だけが。
そんな事を考えている自己中心的な人ばかりなので、当然噛み合う訳がないのです。
「き、きしょい!? わたくしの愛の結晶を!? ……フフ。まぁ、貴女には分からないでしょうねぇ。貴女の愛は浅いですから。」
「はぁ? 浅いだぁ? モノでしか表現できない程度の愛の何処が深いんだか。」
「…………殺す。」
「…………やってみろ。」
アザミさんとスモモさんがバチバチです。
カスミ様の前だと二人を止めてくれていたクルミさんも、「あらあらまぁまぁ」と楽しげにその様子を眺めています。カスミ様の目の前ではネコ被っていますが、この方は血を見るのが大好きです。何ならライバル二人が共倒れしてくれたら儲けくらいに思っているのでしょう。
そして、クロツメさんはというと、大して興味ないフリをしつつしっかりと二人の隙を狙っています。あわよくば消すつもりです。油断すれば寝首を掻かれる、それがこの"黒薔薇五華選"なのです。
はぁ。思わず溜め息が漏れました。
カスミ様がいないといっつも私が止めなきゃならないんです。
私は"手を伸ばして、喧嘩するアザミさんとスモモさんの体を掴みました"。
このまま握り潰してしまえればどれだけ楽な事か。
しかし、彼女達はカスミ様の所有物。私に処分する権限はありません。
軽くぎゅっと力を込めれば、ぐぇっとみっともない声を上げるお二人に、私は改めて警告しました。
「喧嘩ならどうぞお好きに。でも、カスミ様の手駒を減らすような真似はやめて下さい。」
右手のスモモさんがじたばたとしながら言います。
「わ、わかってっし! じょーだん! じょーだんだから!」
嘘です。隙あらば本当に殺し合いをしようとしていました。
彼女は嘘つきですので。
左手のアザミさんは私を忌々しげに睨みました。
「ぐっ……! バケモノめ……!」
バケモノ。女の子にそんな事言うのどうかと思います。私だって傷付いちゃいます。ちょっと左手に込める力が強くなっちゃいます。アザミさんがきゅっと空気を絞り出されたような間抜けな玩具のような声を出しましたが、私の左手に手を掛けてクルミさんがにっこりと笑いました。
「ユリちゃん。そこまでにしてあげて。」
私の手に触れる馬鹿力。なんだ、今更止めるんですね。
私も別に本気で怒ってはいません。ちょっとした戯れのつもりです。止められるのは甚だ心外ではありますが。
私はスモモさんとアザミさんから手を離しました。お二人してげほげほと咳き込んでいます。
どうやら皆さん、いつまで経ってもご理解頂けないようなので、改めて、私は皆さんに我々"黒薔薇五華選"のあり方を説きます。
「
お前が言うな、という視線を五華選から感じますが気のせいでしょう。
まぁ、多少の不和があっても構いません。
私達はカスミ様の為になれば何でもよいのですから。
五華選からどう思われようとどうでもいいのです。
「カスミ様は言いました。『世界が欲しい』と。」
カスミ様は確かに言いました。私は聞きました。私以外に聞いた者もいます。
世界が欲しい、と。
王位につきたい、と。
アサシノの里に生まれ、更には女として生まれ、ただ使われ、日の目を浴びる事などなかったであろう私達は、その大いなる野望に震え上がりました。
里の中で多くの羨望の目を集めるカスミ様は、アサシノの里という枠に収まるつもりはないのです。
彼女の目的は、世界征服。この世界の王になること。
アサシノ一族。暗殺者。女。そんな事は関係無い。それを力で示してみせる。
私達はそんな野望の助けになりたいと思ったのです。
"黒薔薇五華選"もその気持ちは同じでしょう。
私の言葉を聞いて、他の四人全員もたちまち真面目な顔になりました。
「私達はカスミ様を王にする。」
「お姉様に世界を捧げましょう。」
「カスミンパイセンになら、あたしの全てを捧げるし。」
「カスミちゃんの為なら、いくらでも手を汚しましょう。」
「同志黒薔薇の名のもとに。」
カスミ様が世界を手に入れる、王となるその日まで。
その日までは私達は同志です。
そんな彼女達を、カスミ様の側近として、"黒薔薇五華選"の代表としてどうやって纏めていくのか。
全てが終わった時にどうやって始末するのか。
私は今日も悩んでいます。
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